バイナンス(Binance)史上最大ハッキングの全貌入口は偽の採用面接、足がかりは社内AIツール。北朝鮮は否定、CZは「銀行はもっと危ない」
日刊AIニュース11月3日(火)号:前日のAIのニュース2本を短くまとめました(約4分)›
バイナンスは2026年11月3日、10月29日(UTC)のハッキングの調査結果を公式に発表した。被害は約63億4000万ドル。犯人は6月から何か月もかけ、偽の採用面接で社員のPCに入り込み、社内のAIツールを足がかりに別の社員の端末へ広がっていた。FBIは北朝鮮の仕業としたが、北朝鮮は否定。創業者のCZは「取引所がハッキングされるなら、銀行はもっと悪い状況だ」と話している。

目次
10月30日(日本時間)に起きたバイナンス(Binance)のハッキングについて、バイナンスが2026年11月3日、調査で分かったことを公式に発表しました。入口は偽の採用面接で、犯人が足がかりにしたのはバイナンス社内のAIツールでした。 被害は約63億4000万ドル。FBIは北朝鮮の仕業としていますが、北朝鮮は関与を否定しています。この記事の数字と経過は、2026年11月4日朝(日本時間)時点のものです。動画版は YouTube にあります。
- 犯人は6月から動いていた。偽のHomebrew、偽の採用面接、社内AIツールの順に社員3人の端末を落とし、送金に署名をする社内システムにたどり着いた
- 被害は約63億4000万ドル、凍結・差し止めは約28億5000万ドル。バイナンスは10月31日時点で98%を補充した(バイナンス発表)
- FBIは北朝鮮と断定し、北朝鮮は否定。CZは「取引所がやられるなら、銀行はもっと悪い状況だ」と話した(CoinDesk)
前回の記事「バイナンスがハッキング、Chainalysis推計で約59億ドル流出し暗号資産史上最大」では、許可がバイナンスの鍵で正しく署名されていた理由を「本当の入り口は、バイナンスの調査結果を待つしかありません」と書いて締めました。今回の発表は、その答えです。
6月から10月まで、犯人が署名サービスにたどり着くまで
バイナンスの発表をもとに、侵入の流れを並べます(時刻は日本時間に直しています)。
| いつ | 何が起きたか |
|---|---|
| 2026年6月 | ウォレット運用担当のエンジニアAが、人気のAIコーディングツールを検索エンジンで探し、改ざんされたHomebrewを落とす。検知されて端末と認証情報は替えたが、Aの役割とチームの顔ぶれが犯人に知られた |
| 9月 | エンジニアBが、実在の転職サイト経由で偽の採用面接を受け、「課題」のコードを仕事のPCで動かす |
| 10月20日 | 犯人がBのPCから社内のAIツールを使い、エンジニアAと別のエンジニアCのPCを支配。AのPCにはコンテナを配備できる権限のトークンがあった |
| 10月30日 2時15分〜4時56分 | 犯人がCのPCにログインし、Aから盗んだ認証情報でコンテナを配備。悪いスクリプトを動かす |
| 10月30日 5時5分 | ホットウォレットからの流出が始まる |
バイナンスは、これを「1回の侵入や単純なフィッシングではなく、多段の作戦」と説明しています。
偽の採用面接は、私生活の写真まで使っていた
バイナンスの発表で最も具体的に書かれているのが、9月の面接です。
- Bのプロフィールには、バイナンスで働いた経験が書かれていた。そこへ「プロジェクトディレクター」を名乗る人物から連絡が来た
- 1次面接では、人事役の人物がライブのビデオで面接し、自分のSNSアカウントを見せて、私生活の写真や動画で信用を作った。バイナンスは、これまで見てきた手口より「more advanced and deceptive(高度で、人をだます)」ものだったと書いている
- 2次面接は、よく使われるチャットアプリで、架空の会社のCEO役が担当した。最後に「assignment(課題)」としてコードを仕事のPCに落とすよう指示した
- コードは準備の途中で動き出し、正規の開発ツールの部品(pyenv)を悪い版に差し替えて、外部のサーバーとつながった。このマルウェアは0-dayで、端末を守るセキュリティ製品に検知されず、痕跡も消していた
社内のAIツールが、ほかの社員の端末への道になった
10月20日の段について、バイナンスは「use of an internal AI tool as a springboard(社内AIツールを踏み台として使った)」と書いています。乗っ取ったBのPCから社内のAIツールを使い、AとCのPCまで支配した、という内容です。
どのAIツールなのか、なぜほかの社員のPCまで届いたのかは、発表に書かれていません。分かっているのは、バイナンスが対応として「影響を受けた社内AIツールとアクセス管理を作り直した」と書いていることです。
出金を止めても、流出は止まらなかった
当日の流れも、バイナンス自身の言葉で分かりました。犯人は送金に署名をする社内のシステム(ウォレット署名サービス)に入り込み、普段の出金手続きを通さずに送金させています。
| 時刻(日本時間) | 出来事 | 金額の目安 |
|---|---|---|
| 5時5分〜5時9分 | 5つのホットウォレットからXRP 2億3346万枚 | 約3億ドル |
| 続けて | ソラナ約97万枚、OP 4420万枚 | 約9600万ドル、約480万ドル |
| 続けて | ビットコイン1万8270枚 | 約14億7000万ドル |
| その後 | EIP-7702の許可でイーサリアムのウォレットを操る | ― |
| 8時56分 | 最後の不正送金、イーサ2961.9枚 | 約670万ドル |
| 9時10分 | バイナンスが許可を消し、流出が止まる | ― |
ホットウォレットは、ネットにつながっていてすぐ送金に使えるウォレットのことです。金額の目安は、XRP・ソラナ・OP・ビットコインがCertiKの技術者 Dickson Wu の追跡(TechFlow掲載)、イーサは筆者がCoinGeckoの日本時間8時55分の価格(2,252.5ドル)を掛けて出したものです。
EIP-7702は、ウォレットの持ち主が別のプログラムに「このウォレットを動かしていい」と許可を出せる機能です。犯人は署名サービスを使って50回分の署名を用意し、取引の通し番号が合う許可を通しました。バイナンスによると、この許可はチェーンの上に書き込まれていて、バイナンスの出金の仕組みとは関係なく動くため、出金を止めても流出は止まりませんでした。
さらに、バイナンスのホットウォレットはMPC(秘密鍵を分割して管理する方式)だったので、許可をすぐに取り消せる1本の秘密鍵がありませんでした。バイナンスは取り消し用の手順をその場で作って実行し、それに時間がかかったと書いています。
補填は98%、取引再開後に差し引き47億2000万ドルが流出
| 項目 | 数字 | 出所 |
|---|---|---|
| 影響を受けた資産 | 約63億4000万ドル | バイナンス |
| 凍結・差し止め | 約28億5000万ドル(照合中) | バイナンス |
| 補充済み | 影響を受けたトークンの98%(10月31日時点) | バイナンス |
| 取引再開(日曜)後の引き出し | 差し引き47億2000万ドル | バイナンス広報(BBCへの回答) |
| バイナンスの総資産 | 約1570億ドル | バイナンス広報(BBCへの回答) |
バイナンスは、損失は利用者ではなく自社が負うとし、必要額の100%超を用意したと書いています。流動性の低い残りのトークンは買い付け中です。広報はBBCに対し、引き出しは総資産から見れば限られた一部で、落ち着いてきていると答えています。
FBIは北朝鮮と断定、北朝鮮は「ばかげている」と否定
バイナンスの発表は、FBIの最新の発表として、北朝鮮が今回の事件に責任があると書いています。BBCによると、FBI、シークレットサービス、分析会社は、北朝鮮のハッカー部隊TraderTraitor(Lazarusとも呼ばれる)が主導したと見ています。2025年のBybitの事件(約15億ドル)も、同じ部隊の仕業とされています。
これに対し、金正恩総書記の妹の金与正氏が声明を出し、疑いを「ばかげたレトリック」、米国による北朝鮮のイメージを傷つける「悪質な企み」だとして否定しました(BBCによる)。北朝鮮は、これまでの大きなハッキングの疑いも一貫して否定してきています。バイナンスはBBCの問い合わせに答えていません。
一方でバイナンスは、2026年だけで北朝鮮がらみとみられる攻撃を57件検知して防いだと書いています。挙げている手口は、偽の採用面接、人気の開発ツールを装ったソフト、汚染されたパッケージやブラウザ拡張、偽のビデオ会議アプリです。今回と同じ型が並んでいます。
CZ「取引所がやられるなら、銀行はもっと悪い状況だ」
バイナンス創業者のCZ(チャンポン・ジャオ)は、11月3日のCoinDeskの独占インタビューで、今回の事件を受けてAIによるハッキングが増えると警告しました。CoinDeskによると、CZは次のように話しています。
- 業界はAIによるハッキングを防ぐためにAIを使う必要がある、ほかに方法はない
- 攻撃は弱点を1つ見つければいいが、守るには全部見つけて直す必要がある
- 仮想通貨の取引所がハッキングされうるなら、銀行はもっと悪い状況にあると思う
- 短期的には、ハッキングの件数は大幅に増える
- 共通のセキュリティ基準や業界団体を作るべきで、協議は進んでいる
CoinDeskは、CZがインタビューで北朝鮮に触れなかったこと、AIが攻撃に使われた証拠は示さなかったことも書いています。また分析会社Ellipticは、盗んだ資金の洗浄は自動化されたスクリプトによるもので、AIエージェントが判断していた形跡は見当たらないとしています。
銀行の預金が一晩で抜かれることはあるのか
CZの「銀行はもっと悪い」は、侵入の手口が業種を選ばないという点では、今回の流れとずれていません。偽の面接で社員の端末に入り、社内のツールで横に広がり、置いてあった権限を盗む流れは、暗号資産とは関係なくどの会社にも当てはまります。
ただ、預金が今回のように一晩で数千億円も消えて戻らないことは、銀行では起きにくい仕組みです。銀行の送金は止めたり組み戻したりができ、受け取った口座も追えます。暗号資産は送れば取り消せず、数分で世界中に散らせます。日本の預金は、銀行が破綻しても1人あたり元本1000万円とその利息まで、預金保険で守られます。
AIで攻撃は前より楽になり、守る側のAIも穴になった
今回の事件でAIが出てくるのは、2か所です。入口では、社員が「人気のAIコーディングツール」を入れようとして偽のHomebrewを落としました。広がる段では、守る側が入れた社内のAIツールが、ほかの社員の端末への足がかりになりました。
攻撃する側も、AIを道具にしています。The Hacker Newsの8月の記事では、北朝鮮の工作員とみられる人たちが、Google Geminiで加工された身分証の画像や、AIの面接補助ツールを使っていました。私生活の写真まで用意した偽の人事、架空の会社、何か月も続くやりとりは、AIが無かった時代には手間がかかりすぎた準備です。
1社が気をつけるだけでは追いつかない、というのが今回の事件から見えることだと考えます。バイナンスは、主要なAI企業や業界、セキュリティ会社と組んでセキュリティ研究の基金を作ると発表しており、CZも業界共通の基準づくりを呼びかけています。
前回の記事で外れていたこと
前回の記事では、Blockaid CEOの「鍵が漏れたのではなく、署名の仕組みが乗っ取られたように見える」という初期の見立てを紹介しました。今回の発表は、この見立てどおり、社内の署名サービスを使われたという内容でした。
一方で、前回は「今のハッキングはAIが絡んでいる前提で見るべき」と書き、その根拠に前日の予行演習や50通りの許可を挙げました。実際に発表で出てきたAIは、攻撃の手際ではなく、社員がAIツールを探した入口と、社内のAIツールという守る側の道具でした。AIの関わり方は、筆者が予想した形とは違っていました。
発表に書かれていないこと
- 使われた社内AIツールの名前と、ほかの社員のPCまで届いた理由
- 1次面接で使われた転職サイトとチャットアプリの名前
- 技術の細部の一部(悪用を防ぐため伏せると、バイナンスが明記)
バイナンスは、これを初期の報告とし、第三者のセキュリティ会社による検証を受けるとしています。本記事は、続報があり次第更新します。
動画では、侵入の流れと流出の時系列を図で見せています。「この点を追ってほしい」という声は、YouTubeのコメント欄に書いてもらえれば、続報で拾います。
この記事でよく聞かれること
- バイナンスはどうやってハッキングされたのですか?
- バイナンスの11月3日の発表によると、6月に社員が改ざんされたHomebrewを落としてチームの情報が知られ、9月に別の社員が偽の採用面接で渡された「課題」のコードを仕事のPCで動かし、10月20日に犯人がそのPCから社内のAIツールを使って、さらに2人の社員のPCを支配しました。そのうち1人のPCにあったコンテナ配備の権限を使い、10月29日(UTC)に送金に署名をする社内のシステムから送金させています。
- 盗まれた額はいくらですか?
- バイナンスの発表では約63億4000万ドル分の資産が影響を受けました。凍結や差し止めができたのは約28億5000万ドルです。
- 利用者の資金はどうなりますか?
- バイナンスは損失を利用者ではなく自社が負うとし、必要額の100%超を用意したとしています。10月31日時点で、影響を受けたトークンの98%を補充し、残りは買い付け中です。
- 犯人は北朝鮮ですか?
- FBIは北朝鮮の仕業としており、分析会社は北朝鮮のハッカー部隊TraderTraitorと見ています。一方、北朝鮮は金与正氏の声明で関与を否定しました(BBCによる)。
- 銀行の預金も同じように一気に抜かれることはありますか?
- CZはCoinDeskのインタビューで「取引所がハッキングされうるなら、銀行はもっと悪い状況にある」と話しました。ただ、銀行の送金は止めたり組み戻したりができ、受け取った口座も追えるため、暗号資産のように1時間で数千億円が消えて戻らないことは起きにくい仕組みです。日本の預金は、銀行が破綻しても1人あたり元本1000万円とその利息まで預金保険で守られます。
出典・参照資料
- 一次資料バイナンス公式X記事:29 October Binance Security Incident: Initial Findings and Response Update(2026年11月3日) ↗
- 二次資料BBC:North Korea denies being behind record $6.3bn Binance hack ↗
- 二次資料CoinDesk:CZ warns of more AI-driven hacks following Binance's historic $6.4 billion heist ↗
- 二次資料TechFlow:CertiK Dickson Wu による8チェーンの追跡 ↗
- 二次資料The Hacker News:Researchers Built a Fake Crypto Startup and Hired Three Suspected North Korean IT Workers ↗
- 二次資料CoinGecko(イーサの価格) ↗
この記事の解説動画
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