Googleが日本の著作権法を「良い例」と名指し──Kent Walker氏の著作権スタンス表明を原文で読む
Google/Alphabetのグローバル渉外担当社長Kent Walker氏が2026年8月26日、シンガポールの知財フォーラムで基調講演を行い、その全文がGoogle公式ブログに掲載された。日本・シンガポール・EUの「テキスト・データマイニング(TDM)例外」を望ましい枠組みとして名指しした発言を、原文の記載から確認する。

目次
Google/AlphabetでGlobal Affairs部門を率いるKent Walker氏(President)が、2026年8月26日、シンガポールで開催された「Global Forum on Intellectual Property」(Singapore IP Week)で基調講演を行った。その原稿全文がGoogle公式ブログに掲載されており、AI学習と著作権をめぐるGoogleの公式な立場が、講演という形でまとまった形になっている。
3行まとめ
- Kent Walker氏(Google/Alphabet Global Affairs President)が2026年8月26日、シンガポールの知財フォーラムで著作権とAIについて基調講演。全文がGoogle公式ブログに掲載され、シンガポール・日本・EUが先行させたTDM(テキスト・データマイニング)例外の枠組みを望ましい方向として名指しした。
- 講演内でGoogleが引用する「Oxford Economicsのレポート」を実際にPDFで読むと、それ自体がGoogleの委託研究であり、さらにその根拠として引用されている「柔軟な著作権例外を持つ国はAI特許が38%・AIベンチャーが32%多い」という統計の出どころ(Peukert 2025)も、Googleから資金提供を受けた研究だと著者自身が論文中で開示していた。
- Peukert論文自身は「相関関係であり因果関係は証明できない」「論文・GitHubへの効果は国の所得水準等で説明できてしまい統計的に有意でなくなる」と限界を明記し、結論として著作権保有者への補償を伴う「強制許諾(mandatory licensing)」を提案している——Googleの「広い学習権利+オプトアウト」という主張とは異なる処方箋だ。
何が起きたのか
Singapore IP Weekは知的財産に関する国際的なフォーラムで、今回Kent Walker氏が基調講演者として登壇した。講演原稿の全文がGoogle公式ブログに「AI, intellectual property, and the future of innovation」というタイトルで掲載されている。これは新製品の発表や法的措置ではなく、Googleの公共政策上の立場表明(ポジショントーク)であることに注意が必要だ。
講演の骨子
原稿から確認できる主張の骨子は以下の通り。
- 著作権の対象範囲について: 「著作権は伝統的に入力(学習に使ったデータ)ではなく出力を対象にしてきた」という立場を示している
- 学習=パターン認識という主張: AIの学習はパターン認識であり、公開されているデータの一片ごとに商用ライセンスを要求するような法制度は、AIの技術革新を終わらせることになる、と述べている
- 効率性の主張: 「当社の新しいAIモデルは2年前と比べて300倍効率的になった」という数字も講演内で述べられている
日本を名指しした部分
本講演で日本語圏の読者にとって特に注目すべきは、次の一節だ。Walker氏は、シンガポール・日本・EUが先行させたような、明確なテキスト・データマイニング(TDM)例外を持つ枠組みが望ましいと述べ、インドの裁判所も同様の方向を示していると付け加えている。
日本の著作権法には、AI学習を含む情報解析のための著作物利用を一定の条件下で認める「30条の4」という規定がある。Google自身がこの種の規定を持つ国の一つとして日本を名指しし、「良い例」として位置づけた形だ。あわせて、機械可読なオプトアウトの仕組み(Google-Extended、robots.txt、Search Consoleの設定など)と組み合わせるのが中庸なアプローチだとも述べている。
日本の著作権情報センター(CRIC)が公開する著作権法の公式英訳をcurlで直接確認すると、30条の4と、Walker氏の講演には出てこないもう一つの関連条文(47条の5)の関係がより正確に分かる。
| 条文 | 対象 | 条件 |
|---|---|---|
| 第30条の4(思想又は感情の享受を目的としない利用) | AI学習を含む、著作物に表現された思想・感情を「人が享受する」ことを目的としない利用全般 | 著作権者の利益を不当に害する場合を除き、必要と認められる限度で利用可能。原文は「it is not a person's purpose to personally enjoy or cause another person to enjoy the thoughts or sentiments expressed in that work」という条件を明記 |
| 第47条の5(電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用) | AIの出力など、コンピュータによるデータ処理の結果を提示する際に付随して生じる「軽微な」利用 | 提供された著作物のうち利用される部分の占める割合・分量などに照らして「軽微」な場合に限る。提供元が著作権侵害だと知りながら軽微利用する場合は対象外 |
つまり日本の制度は、「学習そのもの」を広く許容する30条の4と、「AIの出力に著作物の一部が現れる場面」を狭く限定的に許容する47条の5という、2段構えになっている。Google側の説明はこの2つを区別せず「明確なTDM例外」とまとめて紹介しているが、実際には出力面には別の、より厳しい条件が課されている。
「Google委託研究→Googleの研究資金→Googleの主張」という構図
Walker氏の講演原稿には、この主張を裏付けるものとしてOxford Economicsの新しいレポートへのリンクが張られている。実際にそのPDF(oxfordeconomics.comから直接ダウンロード可能)を開いてみると、表紙裏に「This report was commissioned by Google(本レポートはGoogleの委託により作成された)」と明記されていた。オーストラリア・インド・日本・韓国・マレーシア・シンガポール・タイの7カ国を対象に、著作権の柔軟性とAIエコシステムの強さを比較する内容で、8名の法学者・実務家(日本からは上野達弘氏が名を連ねる)への取材を含むという。
このレポートの日本に関する章は、Google側の主張とは異なるニュアンスも記録している。「日本は伝統的に、柔軟でガイダンス重視のAI規制アプローチを取ってきたが、続く法的紛争のなかでこれが引き締まりつつある可能性がある」としたうえで、2025年に日本経済新聞・朝日新聞がPerplexity AIを著作権侵害で提訴した件、日本の声優がTikTokを相手取り声のクローン利用で提訴した件を挙げている。また2025年12月には、法的拘束力はないが「comply or explain」型の透明性ルールを求める「原則コード」の政府検討が始まったこと、自民党の「AI白書2.0」が行政・機微データの国内保存を求める方向性を示していることにも触れている。「柔軟な法制度」という評価と、こうした引き締めの動きが同時に進行しているのが、レポート自身が描く日本の実像だ。
さらにレポートが根拠として引用する「柔軟な著作権例外を持つ国はAI特許が38%・AIベンチャーが32%多い」という統計は、Christian Peukert氏(ローザンヌ大学)の2025年の論文(HICSS採択)に由来する。この論文自体をPDFで確認すると、脚注に「本研究はGoogleの資金提供を受けた。研究は独立して行われ、本論文で示された見解は筆者自身のものである。Googleには事前公開承認の権利はなかった」という開示があった。つまりGoogleは、(1)今回引用された統計を生んだ研究に資金提供し、(2)その統計を含む比較レポートをOxford Economicsに委託し、(3)そのレポートの結論を自社の政策スピーチで引用する、という一連の流れの起点に立っている。研究自体が独立性を保っていたかどうかを本記事で検証することはできないが、資金の流れの構造としては記録しておく価値がある。
Peukert論文の中身をさらに読み進めると、この「38%/32%」という数字にも重要な限定がついている。国の所得水準(GDP)・人口・研究開発投資といった要因を統制しない場合、柔軟な著作権例外を持つ国(グリーン)は赤(制限的)の国より論文数で76%、GitHubへのコミット数で69%多いという相関が見られるが、これらの要因を統制すると、論文数・GitHubコミット数への効果は統計的に有意ではなくなる。特許・ベンチャー数についてのみ、統制後も38%・32%という有意な差が残る、というのが正確な中身だ。論文自身も「相関関係であり、因果関係を証明するものではない」と明記している。そのうえで論文の結論は、Googleの講演が推す「広い学習権とオプトアウトの組み合わせ」ではなく、権利者への補償を伴う「強制許諾(mandatory licensing)」の仕組みを検討すべきだという、より踏み込んだ政策提案になっている。論文はUnsplashの事例(AI学習用データセットの無償公開後、寄稿者の離脱率が上昇し新規アップロードの多様性が落ちた)も紹介しており、権利者への補償を欠いた「広い例外」路線には長期的なリスクがあるとも警告している。
なぜこれが日本語圏で刺さる角度か
自サイトの既存記事群(ai-copyright-lawsuits-thaler-nyt-2026、ai-image-copyright-japan-law-2026、genai-copyright-2026-landscapeなど)は米国の判例や日本の著作権法そのものの解説を扱っているが、いずれもGoogleが日本の制度を名指しで評価する今回の講演には触れていない。日本の法制度が海外の主要プレイヤーからどう評価されているかという視点は、既存の著作権系記事群と接続できる新しい角度だ。
位置づけ:発表ではなく主張であること
この記事で紹介した内容は、Googleという一企業の公共政策上の立場表明であり、法的な決定や新しい発表ではない。「著作権は出力を対象にすべき」「学習はパターン認識」「TDM例外が望ましい」はいずれもGoogle側の主張であり、権利者団体・クリエイター側からは異なる立場が示されていることは、講演原稿自体からは分からない。
「300倍効率的」の算定根拠は講演原稿に記載がない
- 本記事はGoogle公式ブログに掲載された講演原稿の全文、Oxford Economicsのレポート本体(PDF)、Peukert氏の論文本体(PDF)、CRICによる著作権法の公式英訳を、いずれも2026年8月29日にcurl・ダウンロードして直接確認した内容にもとづく。講演が実際にどのような反応(会場の反応、他の登壇者の発言等)を呼んだかは、本記事のソースからは確認できない。
- 「2年前と比べて300倍効率的」という数字の算定根拠(何を基準にした効率性か)は講演原稿に詳細な説明がなく、本記事では検証していない。
- Oxford Economicsのレポート・Peukert論文はいずれもGoogleから資金提供・委託を受けている(研究者自身がその旨を開示している)。これは「研究の独立性が損なわれている」ことを直接証明するものではないが、Googleが自らの政策的立場を補強する目的で資金提供した研究を、自ら引用している構図であることは事実として記録した。
- 権利者団体・クリエイター団体からの本講演への直接の反応・反論については、本記事執筆時点では確認できていない。
- Peukert論文が提案する「強制許諾(mandatory licensing)」という政策オプションについて、Google側がどう評価しているか(賛成か反対か、講演では言及がない)は、本記事のソースからは分からない。
関連記事
出典・参照資料
- 一次資料AI, intellectual property, and the future of innovation — Google Blog ↗
- 一次資料The Economic Importance of Flexible Copyright Regimes for AI Training in APAC(Oxford Economics、2026年8月、Google委託レポート、PDF) ↗
- 一次資料Copyright and the Dynamics of Innovation in Artificial Intelligence(Christian Peukert、HICSS 2025掲載論文、PDF) ↗
- 一次資料著作権法(英訳)第30条の4・第47条の5 — 公益社団法人著作権情報センター(CRIC) ↗
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