2026年8月28日 金曜日
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「翻訳者はAIでなくなる」と繰り返される根拠を、原文で2つとも確かめた──フレイ&オズボーンの0.38は、702職業中265番目に安全な側だった

「翻訳者はAIでなくなる」という予測の震源候補とされる2つの一次資料を原文で確認した。フレイ&オズボーン(2013)の自動化確率表でInterpreters and Translatorsは0.38、702職業中265番目、中〜低リスク側。野村総研(2015)の実名200職リストには翻訳者も通訳も載っていなかった。米BLSの実測では2013年の49,060人から2023年に51,560人へ、+5%増えている。

「翻訳者はAIでなくなる」と繰り返される根拠を、原文で2つとも確かめた──フレイ&オズボーンの0.38は、702職業中265番目に安全な側だった
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「翻訳者はAIでなくなる」という予測は、筆者が観測してきた範囲では頻繁に見かけるフレーズだ。ただし、誰が最初にそう言ったのかを辿ろうとすると、たいてい足取りが消える。この記事では、この種の予測の震源としてよく引き合いに出される一次資料を2つ、実際に原文で開いて確認した。ひとつは自動化確率という数字そのものを生んだフレイ&オズボーン(2013)、もうひとつはその手法を日本に持ち込んだ野村総合研究所(2015)。結論から言うと、どちらも「翻訳者はAIでなくなる」とは言っていない。むしろフレイ&オズボーンの表では、翻訳者は702職業中265番目に自動化されにくい側に位置している。

  • フレイ&オズボーン(2013)の自動化確率表で、Interpreters and Translators(27-3091)の確率は0.38。閾値は0.7以上が高リスク・0.3未満が低リスクと論文内で明記されており、0.38は702職業中265番目、下から数えて全体の約38%の位置にある「中〜低リスク」側の数字だった
  • 野村総研×オックスフォード大の2015年12月2日プレスリリース(Wayback Machine経由で原文確認)には、代替可能性「高い」「低い」それぞれ実名100職ずつ計200職が並ぶが、翻訳者・通訳のどちらも見当たらない(1件ずつ数えて確認)。ただしこれは601職業中の一部を示す「参考」であり、翻訳者が全体データのどこに位置するかは原文からは分からない
  • 一方で米BLSの実測(Occupational Employment and Wage Statistics)では、Interpreters and Translatorsの雇用者数は2013年5月の49,060人から2023年5月の51,560人へ、+5.1%増えている。ただしこの数字は自営業者を含まない、という注記がBLS自身の脚注にある

震源候補は2つ。両方とも「翻訳者」の名前を積極的には挙げていなかった

「AIで仕事がなくなる」系の予測を遡ると、たいてい行き着くのはこの2つの研究のどちらかだ。米国発の学術論文「The Future of Employment」(Frey and Osborne, 2013)と、それを日本の職業に当てはめた野村総合研究所の2015年プレスリリース。前者は「アメリカの雇用の47%が自動化リスクにさらされている」、後者は「日本の労働人口の49%がAIに代替可能」という数字で知られ、双方ともWikipediaや報道で繰り返し引用されてきた。どちらも実際にPDFなり保存ページなりを取得し、原文を読んだ。

フレイ&オズボーンの表で、Interpreters and Translatorsは0.38──702職業中265番目

Oxford Martin Schoolのサイトから直接PDFを取得した(本記事執筆時点でも生きているURL)。論文冒頭には日付とともにこう書かれている。

"THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION? Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne, September 17, 2013" (雇用の未来:職業はどれだけコンピューター化されやすいか。カール・ベネディクト・フレイ、マイケル・A・オズボーン、2013年9月17日)

論文は702の職業それぞれについて、ガウス過程分類器という手法で「コンピューター化される確率」を算出し、リスクの高低で並べている。巻末の表を上から下まで確認したところ、265番目にこの行があった。

"265. 0.38 27-3091 Interpreters and Translators"

0.38という数字が高いか低いかは、論文自身が線引きを示している。

"probability of computerisation (thresholding at probabilities of 0.7 and 0.3). According to our estimate, 47 percent of total US employment is in the high risk category" (コンピューター化の確率について、0.7と0.3を閾値とした。この推計によると、米国の総雇用の47%が高リスクカテゴリーに入る)

つまり0.7以上が「高リスク」、0.3未満が「低リスク」、その間が「中リスク」という3分類だ。0.38はこの中リスク帯のなかでも下寄り、低リスクの境界線(0.3)のすぐ上にある。702職業を自動化されにくい順に並べたとき、Interpreters and Translatorsは265番目——全体の下から約38%の位置で、437の職業がこれより高いリスクを持つ、という計算になる。少なくともこの論文自身の分類では、翻訳者・通訳は「AIで消える」側の47%には入っていない。

もうひとつ興味深いのは、論文本文中で「機械翻訳(machine translator)」という語が登場する箇所だ。ただしこれは翻訳者という職業の自動化を論じた文脈ではなく、ビッグデータが機械学習の精度をどう押し上げるかという一般論の一例として、Google翻訳の話が出てくるだけだった(本文15ページ付近)。「翻訳者が自動化される」という主張と、「機械翻訳という技術がビッグデータで進歩している」という記述は、この論文の中では別の場所にある。

野村総研の実名200職に、翻訳者も通訳も出てこない

もう一方の震源候補、野村総合研究所(NRI)とオックスフォード大学の共同研究プレスリリース(2015年12月2日発表)も確認した。NRIの公式サイトで元のURL(https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx)に2026年8月27日にアクセスしたところ、個別記事ではなくニュース一覧ページに転送された。そこでWayback Machineの2015年12月2日キャプチャ(発表当日の保存)をcurlで取得し、全文を読んだ。

プレスリリースの本文はこう始まる。

「株式会社野村総合研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役会長兼社長:嶋本 正、以下「NRI」)は、英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究により、国内601種類の職業について、それぞれ人工知能やロボット等で代替される確率を試算しました。この結果、10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、それらに代替することが可能との推計結果が得られています。」

この発表には「【ご参考】」として、代替可能性が「高い」職業100種と「低い」職業100種が、それぞれ実名・50音順で掲載されている。見出しの原文はこうだ。

「人工知能やロボット等による代替可能性が高い100種の職業(50音順、並びは代替可能性確率とは無関係)」 「人工知能やロボット等による代替可能性が低い100種の職業(50音順、並びは代替可能性確率とは無関係)」

この2つのリストに載っている職業名を、見出しの「100種」という自己申告を鵜呑みにせず、1件ずつテキストに書き出して数えた。高い側100件・低い側100件、合計200件。この200件の中に「翻訳者」も「通訳」も出てこない。同じ601職業のうち言語系の職業としては「学校事務員」「教育・研修事務員」のような周辺職種は高リスク側に見えるが、翻訳・通訳そのものはどちらの実名リストにも入っていなかった。

ただし、ここで言えるのはそこまでだ。このプレスリリースが公表しているのは601職業のうちの「一部」であり、なぜその200件が選ばれたのかについての説明はない。翻訳者・通訳が601職業の分析対象に含まれていたのか、含まれていたとして確率が何点だったのかは、この公開資料からは分からない。「載っていない」ことは「安全だった」ことの証明にはならない——単に、公表された参考リストの対象外だった、としか言えない。

では「翻訳者はAIでなくなる」と実際に書いているのは誰か

震源候補の原文は、翻訳者を名指ししていなかった。では実際に「翻訳者はAIでなくなる」と書いている記事はどこにあるのか。ここは筆者の観測の範囲に限定して、実際に見つかった記事を挙げる。

もっとも直接的だったのは、AI活用系メディア「テックキャンプ」の記事(2025年11月27日公開・2026年8月8日更新)だった。「AIに奪われる仕事ランキング10選」という記事の中に、こういう記述がある。

「ランキング4位以下は、銀行の窓口係、コールセンターのオペレーター、工場のライン作業員、税理士の申告業務、翻訳者、警備員の巡回業務、保険の査定員と続きます。これらの仕事に共通するのは、マニュアル化しやすく、人間の判断が少ない業務であること。今後5年以内に、これらの職業の50%以上がAIに置き換わると予測されています。」

この一文は「2026年5月時点のデータによると」という以外に出典を示していない。フレイ&オズボーンでもNRIでもBLSでもない、出所不明の「ランキング」の中に翻訳者が置かれている。

もうひとつ、翻訳会社クリムゾン・ジャパン自身のブログ(2026年1月22日公開)は、タイトルからして「翻訳家は将来いなくなる?」と問いを立てたうえで、こう書き出している。

「AI翻訳の発展で、『翻訳家は近い将来いなくなる』と以前から言われ続けている。技術進化が雇用に与える影響は大きいが、感覚的な不安だけでは判断が難しい。」

「以前から言われ続けている」——この記事自身が、出典を挙げずにそう認めている。翻訳業界の内側にいる会社でさえ、この予測がどこから来たのかを特定していない。同じ記事はこのあと米BLSのデータを引用し、「翻訳家が将来いなくなるという単純な結論ではない」と結んでいる。

同じパターンは、翻訳会社クロスランゲージの記事(タイトル「翻訳家の仕事はAIでなくなる?」)にも見られる。

「結論から言うと、翻訳家の仕事が完全になくなることはありません。」

3本とも、タイトルや導入部では「AIでなくなる?」という不安を煽る問いを立て、本文では「完全にはなくならない」「単純作業は減るが専門性が残る」という着地に持っていく構成だった。筆者が確認できた範囲では、「翻訳者はAIで確実になくなる」と断言している記事は見つからず、見つかったのは(1)出典を示さない「ランキング」型の断定と、(2)不安を見出しに置きつつ本文では否定する、という2つのパターンだった。

米国の実測は、49,060人から51,560人に増えている

「予測」ではなく「実測」も確認しておく。米労働統計局(BLS)のOccupational Employment and Wage Statistics(OEWS、雇用者への調査に基づく職業別の実際の就業者数)で、Interpreters and Translators(27-3091)のページを2時点分、Wayback Machine経由で取得した。

2013年5月時点のページには、こうある。

"Employment: 49,060 / Mean annual wage: $47,920"

2023年5月時点のページ(2024年に公開)には、こうある。

"Employment: 51,560 / Mean annual wage: $63,080"

10年間で雇用者数は49,060人から51,560人へ、2,500人・約5.1%増えている。減っているのではなく、緩やかに増えている。

将来予測についても、BLSの別の統計(Occupational Outlook Handbook、10年先までの雇用見通し)を確認した。2024年8月のキャプチャにはこうある。

"Employment of interpreters and translators is projected to grow 4 percent from 2022 to 2032, about as fast as the average for all occupations." (通訳・翻訳者の雇用は2022年から2032年にかけて4%成長すると予測されており、これは全職業平均とほぼ同じ速さである)

同じページはAIによる自動化についても直接触れている。

"Computers have made the work of translators and localization specialists more efficient. However, many of these jobs cannot be entirely automated because computers cannot yet produce work comparable to what human translators do in most cases." (コンピューターは翻訳者やローカライゼーション専門家の仕事をより効率的にした。しかし、これらの仕事の多くは完全には自動化できない。コンピューターは多くの場合、人間の翻訳者に匹敵する仕事をまだ生み出せないからだ)

これはBLSという米国政府機関自身の見解であり、フレイ&オズボーンの0.38という数字とも、NRIのリストに翻訳者が出てこないこととも、方向としては一致している。

「最初に言い始めた人」は今回も特定できなかった

原文に当たって確認できたのは、震源候補とされる2つの研究がどちらも「翻訳者は高リスク」と明示的には言っていない、という点と、実際に見つかった「通説側」の記事がいずれも出典不明か、見出しと結論が食い違う構成だった、という点だ。ここから先には踏み込めない。

  1. 「誰が最初に言い始めたか」は、今回も特定できなかった。 震源候補2つを消去できたことと、本当の起点を見つけたことは別の話だ。「翻訳者はAIでなくなる」という言い回し自体がいつ・誰の発言として広まったのかは、このリサーチの範囲では不明のままだ。
  2. NRIの「載っていない」は「安全」の証明ではない。 公開されたのは601職業のうち200件の参考リストにすぎない。翻訳者・通訳が分析対象に含まれていたか、含まれていたとして確率が何点だったかは、公開資料からは分からない。
  3. フレイ&オズボーンの0.38は、2013年・生成AI以前の推計である。 ChatGPTの公開は2022年11月、DeepLの日本語対応は2020年。0.38という確率は、当時の機械学習技術(論文中ではガウス過程分類器)を前提に、職業をタスクへ分解して算出されたものであり、2020年代のニューラル機械翻訳・大規模言語モデルの性能を踏まえた再計算ではない。
  4. BLSの実測「+5.1%」は自営業者を含まない。 OEWSのページ自体に「Estimates do not include self-employed workers.」という注記がある。翻訳者にはフリーランスが多いとされ、その層はこの雇用者数にそもそも含まれていない。増減があっても、この数字には反映されない。
  5. 通訳と翻訳は同じ統計区分(SOC 27-3091)にまとめられている。 BLSの数字は「通訳・翻訳者」をひとつの職業として扱っており、書き言葉の翻訳者だけを取り出した数字ではない。通訳の需要が伸びて翻訳が縮んでいる、あるいはその逆、という内訳はこのデータからは分からない。
  6. 「原典ではこう書いてあった」は「だから通説が間違っている」を意味しない。 テックキャンプやクリムゾン・ジャパンの記事は2026年時点の状況を論じており、フレイ&オズボーンやNRIは2013〜2015年時点の推計を論じている。単純に「震源と真逆」として片付けることはできず、この記事は2026年の翻訳需要そのものを検証したわけではない。
  7. 通説側として確認できたのは、筆者が見つけられた範囲の数本の記事にとどまる。 これが「世間の通説」全体をどこまで代表しているかは筆者の観測の域を出ず、断定はできない。

出典と検証方法

フレイ&オズボーンの論文PDFは、Oxford Martin Schoolのサイトからcurlで直接取得した(2026年8月27日時点で生きているURL)。引用箇所はすべて全文テキストからの直接引用で、要約・意訳は行っていない。NRIのプレスリリースは、公式URLへのアクセスが一覧ページへ転送されることを確認したうえで、Wayback Machineの発表当日キャプチャ(2015年12月2日)を取得し、全文を読んだ。「代替可能性が高い/低い」の各100職業リストは、見出しの自己申告を鵜呑みにせず、職業名を1件ずつ数えて100件ずつであることを確認した。BLSの雇用統計・雇用見通しは、2013年5月版・2023年5月版・2022-32年予測版のそれぞれについて、Wayback Machine保存版を個別にcurlで取得し、表中の数値を直接読み取った。通説側の3記事(テックキャンプ、クリムゾン・ジャパン、クロスランゲージ)は、いずれも本文をcurlで取得し、公開日・更新日はページ内のメタデータで確認した。本記事はAIの支援で下書きし、引用文はすべて一次ソースの原文と突き合わせて確認している。フレイ&オズボーンの推計手法そのものの妥当性や、2026年時点の日本の翻訳者の実態(求人数・単価の推移など)については、このリサーチでは検証していない。

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