OpenAIが「AIがナビエ・ストークスを解いた」と発表同じ日に数学者が公にした「パクられた疑惑」、何が証明され、どこまで検証されたか
日刊AIニュース10月24日(土)号:前日のAIのニュース9本を短くまとめました(約7分)›
OpenAIは2026年9月8日、ナビエ・ストークス方程式のミレニアム懸賞問題について、滑らかな外力つきの有限時間爆発(公式問題文の主張(C)(D))を166ページの論文とLean形式証明で公開した。約1万エージェント・約88時間・約1300億出力トークン。同じ日、この問題を約1年進めてきたNYUのTristan Buckmaster教授が、下書きを置いていたCodexのデータが学習に使われたかをOpenAIに尋ねて答えを得られなかったこと、共著者のAlpögeを著者から外す提案を受けたことを声明で公にした。OpenAIは当初「匿名化データの寄与は排除できない」と述べていたが、9月10日にブログを更新し「発表前2か月間のBuckmaster氏のCodexプロンプトは影響し得なかったと確認した」に差し替えた(対象はBuckmaster氏の2か月間分のみ)。

目次
【更新 2026年9月25日】 OpenAIは9月10日(米国時間)、公式ブログの「Concurrent work(並行研究)」節を更新した(脚注に明記)。公開当初あった「匿名化データの寄与は排除できない」という一文は削除され、代わりに「調査の結果、2026年9月8日の発表・論文公開に先立つ2か月間にBuckmaster氏がCodexに入力したプロンプトは、訓練を含めいかなる形でもシステムに影響し得なかったことを確認した」という一文に差し替わっている。調査の対象として書かれているのは「Buckmaster氏の」「発表に先立つ2か月間の」プロンプトで、Buckmaster教授の声明にある約1年間の下書き全体や、共著者Alpöge氏のCodex利用には触れていない。同じ更新では、2人の外力ありEulerの結果について「Anthropicの社内モデルを使って」という語句が加わるなど、ほかに2か所の文が書き換えられている。ブログとほぼ同じ文面を投稿した公式X(本記事に引用)は、本記事が2026年9月24日に確認した時点でも「排除できない」を含む差し替え前の文言のままだった。Clay数学研究所も9月11日付で声明を出し、「ナビエ・ストークス問題はどうやら解決されたらしい(apparently been settled)」という発表に触れつつ、功績認定の手続きは「意図的に急がない」と明記している。詳細は「学習に使ったか」「どこまで検証されているか」の各節に追記した。以下は2026年9月9日午前時点で書いた初出の本文に、その後の展開を追記したもの。追記とは別に、初出本文の記述を1か所訂正した(「OpenAIの回答」節。内容は末尾の「更新・訂正履歴」に記載)。
2026年9月9日午前・日本時間時点の情報です。OpenAIは9月8日(米国時間)、公式ブログ「On the Navier–Stokes Millennium Prize Problem」で、ナビエ・ストークス方程式の存在と滑らかさ問題(ミレニアム懸賞問題)について、滑らかな外力を加えた流れが有限時間で速度の上限を失う例を構成したと発表した。公式問題文の4つの主張のうち**(C)と(D)**を証明したとし、166ページの論文とLean形式証明を公開している。証明は「内部OpenAIシステム」が作ったもので、使ったモデルは「GPT-6 Astraより大幅に高い能力」と書かれている。
同じ日、この問題を約1年進めてきたニューヨーク大学のTristan Buckmaster教授(2019年Clay研究賞)が、4ページの声明を自身のサイトで公開した。自分たちの進捗がOpenAIに伝わった後にOpenAIが着手したこと、下書きを置いていたCodexのデータが学習に使われたかを尋ねて答えを得られなかったこと、共著者のLevent Alpöge(Anthropic所属)を著者から外す提案を受けたことが書かれている。OpenAIはブログと公式Xで「特定のユーザーデータは参照していない」と「匿名化データがモデル改善に寄与した可能性は排除できない」を同じ文章で述べた。
この記事は、OpenAIの公式ブログ・論文・公式X、Clay数学研究所の公式問題文、GitHubの公開データ、Buckmaster教授の声明に書いてあることだけで、①何が証明されたのか ②パクられた疑惑の中身 ③OpenAIはどう解いたと説明しているか ④どこまで検証されているか ⑤OpenAI自身の但し書きと書いていないこと、を整理する。
動画版(30分・数学が分かる人向けの「証明の骨格」章つき)も公開しています: https://youtu.be/W_7FEqTclUU
3行まとめ
- 証明されたのは、どんな粘性でも、静止した流体に「特別に構成した滑らかな外力」を加えると、ある時刻に近づくにつれ最大速度に上限がなくなる例が存在すること。運動エネルギーは有界のまま。Clay公式問題文の4択のうち外力を許す**(C)(D)**で、外力ゼロの(A)(B)は今回の結果だけでは決まらない。OpenAIは「賞は請求しない」と明言。
- Buckmaster教授の声明によれば、2人は約1年この経路をLLM(Claude・Codex)で進め、下書きは全部Codexに置いていた。9月3日に自らOpenAIにメールし、9月6日の通話で「内部モデルが外力つきNSを証明した」と告げられた。学習に使ったかを聞いて答えはなかった。OpenAIの回答は公開当初(9月9日)「特定のユーザーデータは参照していない」「匿名化データの寄与は排除できない」の2文で、調査した記述はなかった。9月10日にブログを更新し、「発表に先立つ2か月間のBuckmaster氏のCodexプロンプトは訓練を含め影響し得なかったと確認した」に差し替えている(対象はBuckmaster氏の2か月間分のみで、声明にある約1年間全体や共著者Alpöge氏の利用を調査したとは書かれていない)。
- OpenAIの記載では、内部モデルで動く約1万の同時エージェントが9月1日から約88時間で到達、Lean形式化と検証はGPT-6 Astraで17時間、出力トークンは約1300億。Lean証明は公開データ上sorryゼロ・公理は通常の3つ・定理文はDeepMindのFormal Conjectures参照版と一致とされる。数学者による査読は未。
何が証明されたのか
論文「Finite time blowup for Navier–Stokes」(著者名は「OpenAI」のみ)の主定理はこう書かれている。
For every ν > 0 there exist a force f ∈ Cc∞ (R3 × (0, ∞); R3 ), a compact set K ⊂ R3 , and smooth velocity and pressure fields u, p on R3 × [0, 1) satisfying [方程式(1.1)] such that supp u(·, t) ∪ supp p(·, t) ⊂ K for every 0 ≤ t < 1, sup ∥u(t)∥ L2 (R3 ) < ∞, lim sup ∥u(t)∥ L∞ (R3 ) = ∞.
(すべての粘性 ν > 0 に対して、時空でコンパクトな支持を持つ滑らかな力 f、コンパクト集合 K、そして時刻1より前で滑らかな速度場と圧力場 u, p が存在し、u と p の支持は常に K の中にあり、運動エネルギーは一様に有界で、速度の最大値は時刻1に近づくと上限を失う)
要点は3つある。第1に、初期速度はゼロ(静止状態)で、そこに滑らかな外力を加える。第2に、外力は「無限に強い力を手で入れた」ものではなく、公式ブログの言い方では「流体自身の運動を通じて崩壊が起きる」ように、速度が発散する流れから逆算した残差として滑らかに保たれている。第3に、どんな滑らかな力でもそうなる、ではない。そうなる外力と流れの組が存在する、という主張である。
公式ブログは結果をこう説明している。
Our system produced an analytical proof and a Lean formalization that an initially smooth fluid at rest can develop a singularity in a finite time. The fluid has a smooth force applied to it, and its energy remains finite through the entire dynamics, from rest to the formation of the singularity. This resolves the Navier–Stokes Millennium Prize problem by establishing statement "C" (and also "D") in the official Millennium Prize formulation.
(私たちのシステムは、最初は滑らかで静止した流体が有限時間で特異点を生じうることの解析的証明とLean形式化を作った。流体には滑らかな力が加わり、そのエネルギーは静止から特異点の形成まで全過程で有限のままである。これは公式のミレニアム賞の定式化における主張「C」(および「D」)を確立することで、ナビエ・ストークスのミレニアム賞問題を解決する)
「解決」の範囲──Clay公式問題文の4択
Clay数学研究所の公式問題文(Fefferman)は、4つの主張のどれか1つを証明すれば良いという形で書かれている。原文はこうである。
To give reasonable leeway to solvers while retaining the heart of the problem, we ask for a proof of one of the following four statements.
(解く人に十分な余地を与えつつ問題の核心を保つため、次の4つの主張のうち1つの証明を求める)
| 主張 | 空間 | 外力 | 内容 | 今回 |
|---|---|---|---|---|
| (A) | 空間全体 R³ | ゼロ | どんな滑らかな初期値でも、滑らかでエネルギー有界な解がずっと存在する | — |
| (B) | 周期的な空間 R³/Z³ | ゼロ | 同上(周期的な解) | — |
| (C) | 空間全体 R³ | あり | 滑らかな初期値と滑らかな外力の組で、滑らかでエネルギー有界な解が存在しないものがある | 証明 |
| (D) | 周期的な空間 R³/Z³ | あり | 同上(周期的な解) | 証明 |
(C)と(D)は外力を許す主張で、(A)と(B)は外力ゼロの主張である。したがって、公式問題文の規約上は(C)(D)の証明で解決条件を満たすが、外力ゼロで滑らかな初期値から常に滑らかに続くかどうか((A)(B))は、今回の結果だけでは決まらない。この整理は公式問題文の文面から筆者が読み取ったもので、本記事が確認したOpenAIのブログ全文には、(A)(B)を別グループに割り当てたことは書かれているが、(A)(B)がどうなったかの記述は無い。
賞金については、ブログはこう書いている。
Our goal in releasing this result is to report on the substantial progress of our AI models. We do not intend to claim the Millennium Prize for this result.
(この結果を公開する目的は、AIモデルの大きな進歩を報告することである。この結果でミレニアム賞を請求する意図はない)
Clay数学研究所の公式サイトによれば、7つの問題それぞれに100万ドルが割り当てられている。
パクられた疑惑──Buckmaster教授の声明とOpenAIの回答
Buckmaster教授の声明PDFは、ファイルの作成時刻が2026年9月8日02:38 UTC(日本時間11:38)で、OpenAIのブログ公開(RSSのpubDateは9月8日10:00 GMT)の約7時間半前である。
2人は何をしていたか
声明によれば、Alpöge(Anthropic所属)とBuckmaster(NYU)は、Córdoba と Martínez-Zoroa が数年かけて開いた「外力つき爆発」の路線を、LLMを使って滑らかな外力とEuler方程式まで押し切った。9月8日に公開したのは、多孔質媒体(IPM)・Boussinesq・3次元Eulerの3つの結果である。
We used several LLMs throughout: Anthropic's Claude, OpenAI's Codex, especially with GPT-5.6 Sol and, more recently, Astra. The latter was only used for writeups and auditing our arguments.
(私たちは複数のLLMを使い続けた。AnthropicのClaude、OpenAIのCodex、特にGPT-5.6 Solと、最近はAstra。後者は書き起こしと議論の監査にだけ使った)
結果が出たのは8月15日、Leanでの検証は8月22日と書かれている。個人的な共同研究で所属機関の関与はなく、ツール代は自分の研究費から支払い、「OpenAIへの大きな請求」も含むとしている。
9月3日のメールと9月6日の通話
On Thursday, September 3rd, with a rumor circulating that Anthropic had resolved a major open problem, and with Levent having received tips that information about our progress had been passed to OpenAI, I wrote to a prominent mathematician at OpenAI.
(9月3日木曜日、Anthropicが大問題を解いたという噂が広まり、レヴェントが「我々の進捗についての情報がOpenAIに渡った」という情報を受けていたので、私はOpenAIの著名な数学者にメールを書いた)
メールの全文が声明に載っている。9月6日、OpenAI側の求めで当日に2回の通話が行われ、Sébastien Bubeck氏が参加した。そこで、内部モデルが外力つきナビエ・ストークスの爆発(Feffermanの c と d)を約100ページで証明した、と告げられたという。
The route to the Clay problem through a smooth force, options c and d in Fefferman's statement of the problem, is the route Luis and Diego opened and the one Levent and I had quietly chosen to attack. Almost nobody else I know of was working on it. It is not the direction one arrives at in a few days by giving a model the problem statement. When I heard "forced," it was a bright red flag.
(滑らかな力を通るClay問題への経路、Feffermanの問題文の選択肢 c と d は、ルイスとディエゴが開き、レヴェントと私がひそかに攻めることにした経路だ。私の知る限り他にほとんど誰も取り組んでいなかった。モデルに問題文を与えて数日で辿り着く方向ではない。「forced」と聞いた瞬間、真っ赤な警告灯だった)
最初は「問題文を与えただけ」「人の手はほとんど入っていない」と説明されたが、通話の中で、チーム全体で取り組んでいたこと、複数の試みの1つだったこと、先にEulerなど易しい問題を解かせたこと、見せられたプロンプト自体もCodexに書かせたものだったこと、膨大な計算を使ったことが分かった、と声明は書く。最初のプロンプトの送信時期については、こう書かれている。
Eventually it was agreed that it had been sent in the past few days, after information about our work had reached OpenAI.
(最終的に、それは過去数日内、我々の仕事についての情報がOpenAIに届いた後に送られた、ということで合意した)
学習に使ったか──答えはなかった
I asked whether the model had been trained on, or had access to, our sessions in Codex, into which we had been putting all our drafts for the whole of this project. I was told the model did not look up user data. I asked again, about training, and I did not get an answer.
(このプロジェクト全期間の下書きをすべて入れていた我々のCodexセッションで、モデルが学習したか、あるいはそれにアクセスしたかを尋ねた。モデルはユーザーデータを参照していないと言われた。学習についてもう一度尋ねたが、答えは得られなかった)
OpenAIはこの点について、公式ブログを2026年9月10日に更新した。公開当初「Concurrent work」節にあった文(後述の「OpenAIの回答」参照)を差し替え、原文でこう書いている。
Following an investigation, we have confirmed that Buckmaster's Codex prompts over the two months preceding this announcement and paper on September 8, 2026, could not have influenced the system in any way, including through training. The OpenAI internal model used for this result was developed through large-scale reinforcement learning on top of a previously pretrained model.
(調査の結果、2026年9月8日の発表・論文公開に先立つ2か月間にBuckmaster氏がCodexに入力したプロンプトは、訓練を含め、いかなる形でもシステムに影響し得なかったことを確認した。今回の成果に用いたOpenAIの社内モデルは、事前学習済みモデルを基盤に大規模な強化学習を通じて開発された。)
この文には脚注が付き、「更新 — 2026年9月10日:ユーザー入力が今回の成果に影響した可能性についての調査結果を踏まえ、『並行研究』を更新しました」とある(本記事が2026年9月24日にブログを直接開いて確認)。調査の範囲は「Buckmaster氏の」「発表に先立つ2か月間の」Codexプロンプトであり、Buckmaster教授の声明にある約1年間の下書き全体や、共著者Alpöge氏のCodex利用を調査したとは書かれていない。9月6日の通話で学習について答えが得られなかったという声明の記述そのものには、更新後のブログも触れていない(2026年9月25日に英語原文を確認)。
同じ9月10日の更新では、上の引用部分のほかに2か所の文が書き換えられている。Internet Archiveが2026年9月9日08:57 UTCに保存した版と比べると、「その時点で、彼らが外力ありEulerの解決を得ていたことを知った」という文は「その時点で、彼らが**Anthropicの社内モデルを使って(using an internal Anthropic model)**外力ありEulerの解決を得ていたことを知った」に、節の最後の「しかし、我々の証明は大きく異なり、Eulerの場合は証明された結果そのものが異なる(外力ありと外力なし)」は「我々の証明も大きく異なる。Eulerの場合、Alpöge氏とBuckmaster氏は外力ありの結果を、OpenAIのシステムは外力なしの結果を証明した」になっている。
提案された2案と、その後のやりとり
The first was that we post our Euler result, and that OpenAI post its Navier-Stokes result the next day. The second was that, after posting Euler, I alone write a paper presenting the Navier-Stokes result, acknowledging that an internal OpenAI model had resolved it.
(1つ目は、我々がEulerの結果を出し、OpenAIが翌日ナビエ・ストークスの結果を出す案。2つ目は、Eulerを出した後、私が単独で、内部OpenAIモデルが解決したと認めつつナビエ・ストークスの結果を紹介する論文を書く案)
Sebastien twice asserted that he wanted Levent removed from authorship, and said it would all be simple if only it were not the case that, and it was so annoying that, Levent works at Anthropic.
(セバスチャンは2度、レヴェントを著者から外したいと主張し、レヴェントがAnthropicで働いているという事実さえなければ、それが本当に厄介なのだが、全て簡単なのだと言った)
両方の提案を断り、公にすると言ったところ、こう返されたと書かれている。
The reply was, "Why would you ruin your career?" I replied that I am an academic, and asked why he thought going public would ruin my career. The reply was, "If you don't want me to be nice, then I don't have to be nice."
(返答は「なぜ自分のキャリアを台無しにするのか」だった。私は学者だと答え、公にすることがなぜキャリアを台無しにすると思うのか尋ねた。返答は「優しくしてほしくないなら、優しくしなくてもいい」だった)
OpenAIの回答
OpenAIの回答は2か所にある。ブログの「Concurrent work」の節と、翌9月9日午前2時23分(日本時間)の公式X投稿である。X投稿は下の4文で、2〜4文目は公開当初(9月10日の更新前)のブログの同じ節と同文。1文目の祝意はブログには無く、ブログでは同じ節の前段で「外力ありEulerについての2人の先行を認め、その優れた数学的成果を祝う」と書いている(2026年9月25日訂正)。X投稿は本記事の確認時点(9月9日午前9時台)で表示回数429.9万だった。
We congratulate Levent Alpöge and Tristan Buckmaster on their remarkable mathematical work. We (the researchers and the agents) did not see any of their work through any means until they released it publicly — in particular, no specific user data was accessed in order to solve this problem. While unlikely, we cannot rule out that de-identified data derived from their usage of our products helped improve our models. However, our proofs differ significantly and even the precise results proved are different in the Euler case (forced vs. unforced).
(レヴェント・アルポゲとトリスタン・バックマスターの優れた数学的業績を祝う。我々(研究者とエージェント)は、彼らが公開するまで、いかなる手段でも彼らの仕事を見ていない。特に、この問題を解くために特定のユーザーデータにアクセスしてはいない。可能性は低いが、彼らの当社製品の利用から得られた匿名化データが我々のモデルの改善に寄与したことは排除できない。しかし、我々の証明は大きく異なり、Eulerの場合は証明された結果そのものが異なる(外力ありと外力なし))
ブログの同じ節は、接触の経緯をこう書いている。
After the completion of our full project and Lean verification (on September 6th), believing from the rumor they also had a solution of Navier–Stokes, we reached out to them to offer a concurrent release of our result and to recognize their priority in a joint announcement.
(プロジェクト全体とLean検証の完了後(9月6日)、噂から彼らもナビエ・ストークスの解を持っていると信じ、我々の結果の同時公開と、共同発表で彼らの先行を認めることを提案するため、彼らに連絡した)
両者の記述の食い違い
| 項目 | OpenAIブログ・X | Buckmaster声明 |
|---|---|---|
| 接触の始まり | 9月6日にOpenAIが連絡 | 9月3日にBuckmasterが先にメール |
| 提案の中身 | 同時公開と、優先権を認める共同発表 | 翌日公開案/Alpögeを著者から外してBuckmaster単独で書く案 |
| 相手の結果 | 外力ありEuler | IPM・Boussinesq・Eulerの3本(低散逸NSは未公開) |
| 着手のきっかけ | 9月1日に噂を聞いた | 2人の情報がOpenAIに届いた後(通話で合意) |
| データの学習利用(9/9公開当初) | 「排除できない」 | 聞いたが回答なし |
| データの学習利用(9/10ブログ更新後) | 「(Buckmaster氏の、発表に先立つ2か月間のCodexプロンプトは)影響し得なかったと確認」 | 声明PDFは9月8日作成のまま(9/25再取得) |
| 調査したかの記載 | 9/9時点では無し。9/10の更新で「調査の結果」と明記 | — |
「特定のユーザーデータは参照していない」は、解いている間にエージェントが2人のファイルを開いて読んだかという話で、「排除できない」は、モデルの学習にそのデータが入っていたかという話である。同じ会社が同じ文章でこの2つを並べている以上、前者の否定は後者を否定していない。これは2026年9月9日午前に本記事が確認した時点の記述である。公式ブログは同年9月10日、この「排除できない」という一文を、「調査の結果、(Buckmaster氏の、発表に先立つ2か月間のCodexプロンプトが)影響し得なかったことを確認した」という一文に差し替えている(原文と訳は前段「学習に使ったか──答えはなかった」を参照)。一方、「排除できない」の文を含む公式X投稿は、本記事が2026年9月24日に確認した時点でも差し替え前の文言のままだった。
Buckmaster教授は自身の限定も明記している。「OpenAIの証明は見ていない」「モデルが何をしたか、どうやったかは知らない」「我々のデータが使われたかは知らない」「誰も非難していない。言われたこと、時刻、提案されたことを述べている」。そして声明はこう締めている。
If indeed an OpenAI model did close the gap to Navier-Stokes, that is a remarkable thing and it should be said loudly, by them, with the history intact.
(もしOpenAIのモデルが本当にナビエ・ストークスまでの隔たりを埋めたのなら、それは驚くべきことで、経緯を保ったまま、彼らが大きな声で言うべきだ)
外力つき爆発の路線を開いたCórdobaとMartínez-Zoroaは、OpenAIの論文の§1.1と参考文献に引用されているが、ブログ本文にはこの2人の名前も、系譜の話も出てこない(本記事が確認したブログ全文に対して)。
この件をどう評価するかは読者の判断だが、人間が1年かけて入力してきたデータが使われた疑いがあるのに、それを「AIが解いた」と説明している。これは信用の問題だ、というのが本記事の見方である。
OpenAIの発表から3日後の2026年9月11日には、フィールズ賞受賞者25人が連名の宣言を公開し、急いで発表された解決が「深刻な帰属と盗用の問題(severe attribution and plagiarism questions)」を生むと書いた。宣言本文はOpenAIや本件を名指ししていない。詳細はフィールズ賞受賞者25人が連名で宣言「AI企業と数学界の目標は深刻にずれている」へ。
OpenAIはどう解いたと説明しているか
公式ブログ「How we found the proof」の節の記載を表にする。
| 項目 | ブログの記載 |
|---|---|
| モデル | 8月28日から訓練中の新しい内部モデル。「GPT-6 Astraより大幅に高い能力」。訓練は継続中 |
| きっかけ | 9月1日(火)に「ミレニアム問題が2つ解かれた」という噂を聞き、未解決のミレニアム問題全部と重要問題で評価を開始 |
| 体制 | 内部モデルで動く協調エージェント。道具はキャッシュ版インターネットの読み取りとコード実行。グループ内で通信 |
| 規模 | ナビエ・ストークスを解いたグループは約1万の同時エージェント |
| 配り方 | (A)(B)の版と(C)(D)の版を別々のグループに |
| 先行の易しい問題 | 外力なしEulerの爆発。約100エージェント・約50時間で解決 |
| 統合 | Codexで各グループの知見を統合し、次のプロンプトに |
| 到達 | 9月5日(土)、最初の立ち上げから約88時間後 |
| Lean形式化・検証 | GPT-6 Astraでさらに17時間 |
| メッセージ/出力トークン | NS:270万/約1300億。試した全問題:490万/約3000億 |
| 費用・計算資源の金額 | 記載なし |
原文の主要部分はこうである。
The agents arrived at their resolution on Saturday, September 5, about 88 hours after the first agents were launched. Lean formalization and verification took an additional 17 hours via GPT‑6 Astra.
(エージェントは9月5日土曜日、最初のエージェントの立ち上げから約88時間後に解決に到達した。Lean形式化と検証はGPT-6 Astraでさらに17時間かかった)
In the process of resolving the Navier–Stokes problem, the agents sent 2.7 million messages and used approximately 130 billion output tokens.
(ナビエ・ストークス問題を解く過程で、エージェントは270万のメッセージを送り、約1300億の出力トークンを使った)
証明の発想は、論文§2によれば、速度が発散する流れを先に作り、その流れに必要な外力を方程式の残差として逆算する。背景の渦だけでは残差が発散するので、流れに空間的に振動するパルスを足し、その平均化した応力で残差の特異な部分を相殺し、逐次補正の後に空間・時間で局在化して、滑らかで有限範囲の外力に延長する。詳細は動画の「証明の骨格」章で扱った。
形式化に使われたGPT-6 Astra本体の経緯・料金・評価(Fable 5.1との比較を含む)は、随時更新しているGPT-6 Astraとはにまとめている。
どこまで検証されているか
証明は、人が読む論文(166ページ)と、機械が検査するLean形式証明の2つの形で公開されている。GitHubリポジトリ openai/NavierStokesAndEuler の公開データ(formalization.yaml)の記載を表にする。
| 項目 | 状態(2026年9月9日午前・日本時間) |
|---|---|
| Lean・Mathlib | Lean 4.34.0-rc2 / Mathlib |
| sorry(未証明のまま残す印) | 0(記載) |
| 使った公理 | propext / Classical.choice / Quot.sound の3つのみ(記載) |
| 定理文 | DeepMindの Formal Conjectures にあるClay問題文のLean版を参照とし、Comparatorで照合できる形(記載) |
| レビュー欄 | 「self-assessed」(自己評価) |
| 形式化を書いたもの | GPT-6 Astra(Codex)と記載 |
| リポジトリ | 2026-09-08 10:53 UTC作成。NavierStokes/ に580ファイル・約21MB。星738(9日午前) |
| 第三者のビルド確認 | 本記事の時点で未(筆者も未実施) |
| 数学者による査読 | 未 |
Leanの検査器が保証するのは、書かれた定理文が書かれた定義のもとで証明されていることである。定理文そのものが問題と一致しているかは人が見る必要があり、OpenAIはそこを他社(DeepMind)が公開していたLeanの記述を参照にする形にしている。筆者は ComparatorSolution.lean の2つの定理文(空間全体の(C)、周期的な(D))を読み、Clay問題文の(C)(D)の形と一致していることを確認したが、手元で lake build を実行して機械検査を再現したわけではない。
Clay数学研究所自身も反応している。2026年9月11日付でウェブサイトに声明を出し、原文でこう書いた。
Today, CMI shares in the excitement of the global mathematical community as we contemplate the announcement that the Navier–Stokes problem has apparently been settled. [...] The rules governing the prizes describe the process for evaluating what has been achieved and for assigning credit. The process is deliberately unhurried, but we will provide updates.
(本日、CMIは、ナビエ・ストークス問題がどうやら解決されたらしいという発表を前に、世界の数学界と共にこの興奮を分かち合う。〔中略〕賞の規定は、何が達成されたかを評価し功績を割り当てる手続きを定めている。その過程は意図的に急がない設計になっているが、随時更新する。)
「apparently(どうやら)」という語を使っており、研究所自身が解決を認定したとは書いていない。評価と功績の割り当ての手続きについて、声明は期限を示していない(本記事は2026年9月24日と25日に声明ページを確認)。OpenAIはその後、8月28日に学習を始めた同じ社内モデルが「数学のほとんどの分野で100以上の長年の未解決問題を解いた」とも発表している(2026年9月21日)。この続報と、当サイトがその記事の執筆時に気づいたブログ「Concurrent work」節の更新については、数学者はもう要らない?──OpenAI「100以上の未解決問題を解決」を起点にで扱っている。
OpenAI自身の但し書きと、書いていないこと
ブログの最終節「Progress and responsibility」はこう書いている。
This milestone represents substantial work by mathematicians and AI researchers. However, this is not a culmination, but rather a snapshot in time, of progress on AI development.
(この節目は数学者とAI研究者の大きな仕事を表している。しかし、これは到達点ではなく、AI開発の進捗のある時点の写真である)
We believe we are now in the next period of AI progress, and today's results provide further evidence of this. We are focusing on understanding this model, and using what we learn to help us guide and pace how we pursue further advances in capability.
(我々は今、AIの進歩の次の期間に入ったと考えており、今日の結果はそのさらなる証拠である。我々はこのモデルを理解することに集中し、学んだことを、能力のさらなる向上をどう導きどんな速さで進めるかの判断に使う)
2026年9月9日午前に本記事が確認した公式ブログ全文とX投稿に対して、次の点は記載がなかった。
- 内部モデルの名前
- 費用・計算資源の金額
- 関わった数学者の名前と人数(「数学者とAI研究者の大きな仕事」とのみ)
- 他のミレニアム問題の結果(「エージェントを引き揚げた」とのみ)
- 数学者による外部査読の予定
2人のCodexデータが学習に入っていたかを調査したかどうか→ 2026年9月10日のブログ更新で「調査の結果」という形で追記された(対象はBuckmaster氏の、発表に先立つ2か月間のCodexプロンプト。詳細は「学習に使ったか──答えはなかった」参照)- Buckmaster教授の声明そのものへの言及(2026年9月25日に英語原文を確認した時点でも無し)
筆者が確認した範囲
この記事は、OpenAIのブログ全文を日本時間9月9日午前8時40分ごろにブラウザで取得し、論文PDF(166ページ)は全文をテキスト化して主定理・§2・§3・参考文献を読んだ。Buckmaster教授の声明はPDFを直接取得し、全文を読んだ。GitHubは公開APIとRawファイルで formalization.yaml・README・ComparatorSolution.lean・参照定理文を取得した。Clay公式問題文の(A)〜(D)は原文PDFで確認した。本記事の英文引用は、これら一次ソースの本文に逐語で存在することを機械照合した(141件)。
筆者自身が確認していないこと。Leanのビルド(lake build)は実行していない。OpenAIの論文と2人の証明の中身の比較は、2人の論文を筆者が取得できていないため行っていない。X投稿の表示回数と星の数は9月9日午前の値で、以後変わる。
**【追記】本記事は2026年9月24日に、OpenAI公式ブログ(英語原文)、OpenAI公式X(fxtwitter経由で原文取得)、Clay数学研究所の声明ページを改めて開いて確認した。**ブログの「Concurrent work」節が2026年9月10日付で更新されていること(脚注に明記)、公式Xの投稿文はこの更新後も差し替え前の文言のままであること(表示回数は818.1万に増加)、Clay数学研究所が9月11日付で声明を出していることを確認した。2026年9月25日には、Internet Archiveの2026年9月8日17:15 UTC・9月9日08:57 UTCの保存版とブログの現行版を突き合わせて9月10日の更新で変わった文を特定し、Buckmaster教授本人のサイト(cims.nyu.edu/~tristanb/)と声明PDFを再取得した。声明PDFは作成・更新日時とも9月8日のままの4ページで、サイトのトップページには声明や続報へのリンクは無い。教授や共著者が本人のサイト以外(SNSや報道など)で9月10日の更新に反応したかどうかは、本記事では洗い出せていない。
論文・声明・アーカイブの確認記録
- 定理・証明の構成・参考文献はOpenAI論文「Finite time blowup for Navier–Stokes」(2026年9月8日・166ページ・著者名OpenAI)
- 経緯・体制・数字・「Concurrent work」・最終節はOpenAI公式ブログ(2026年9月8日付・RSS pubDate 10:00 GMT)。原文は本文に逐語で引用した。同ブログは2026年9月10日付で「Concurrent work」節を更新しており(脚注に明記)、更新後の文言は2026年9月24日に英語原文で確認した
- OpenAIの4文はブログと同文を公式X(2026年9月9日02:23 JST)でも投稿。表示回数429.9万は9日午前9時台の値。2026年9月24日にfxtwitter経由で再取得したところ、投稿文はブログの9月10日更新後も差し替えられておらず、表示回数は818.1万に増えていた
- Buckmaster教授の記述はすべて声明PDF(statement.pdf・作成02:38 UTC 9月8日)。教授の所属と2019年Clay研究賞はNYU Courantの本人ページ
- (A)〜(D)の文面とFeffermanの説明はClay数学研究所の公式問題文PDF。賞金は同研究所の公式サイト
- Lean証明の状態はGitHub openai/NavierStokesAndEuler の formalization.yaml・README・ComparatorSolution.lean(9月9日午前確認)
- 9月10日の更新前の文面はInternet Archiveの保存版(2026年9月8日17:15 UTC・9月9日08:57 UTC)で確認した
- Clay数学研究所の声明は同研究所公式サイト「Navier-Stokes Announcement」(2026年9月11日付)。2026年9月24日と25日に原文を確認した
- OpenAIの「100以上の未解決問題」はOpenAI「Advisory Group on Mathematics and Artificial Intelligence」(2026年9月21日)、フィールズ賞受賞者の宣言はmathandai.orgの宣言本文(Terence Tao氏のブログ掲載は2026年9月11日)
- 「記載がない」とした項目は、2026年9月9日に取得した公式ブログ全文とX投稿に対して確認したもので、OpenAIの他の発信(論文本文を除く)は対象に含めていない
- 本記事は続報があり次第更新します。**2026年9月24〜25日、OpenAI公式ブログの9月10日更新(学習データ調査の結果ほか2か所の書き換え)とClay数学研究所の9月11日声明を追記しました。**Buckmaster側の続報、数学者による査読の進捗が出たら追記します
出典・参照資料
- 一次資料On the Navier–Stokes Millennium Prize Problem — OpenAI公式ブログ(2026-09-08・9月10日「並行研究」節を更新) ↗
- 一次資料Finite time blowup for Navier–Stokes — OpenAI(論文PDF・166ページ) ↗
- 一次資料OpenAI公式X(2026-09-09 02:23 JST・2026-09-24時点で更新前の文言のまま) ↗
- 一次資料openai/NavierStokesAndEuler — Lean形式証明(GitHub) ↗
- 一次資料Tristan Buckmaster 声明(statement.pdf・2026-09-08) ↗
- 一次資料Existence and Smoothness of the Navier–Stokes Equation — Clay数学研究所 公式問題文(C. L. Fefferman) ↗
- 一次資料The Millennium Prize Problems — Clay数学研究所 ↗
- 一次資料Navier-Stokes Announcement — Clay数学研究所 公式声明(2026-09-11) ↗
- 一次資料On the Navier–Stokes Millennium Prize Problem — Internet Archive保存版(2026-09-09 08:57 UTC・9月10日更新前の文面) ↗
- 一次資料Advisory Group on Mathematics and Artificial Intelligence — OpenAI(2026-09-21) ↗
- 一次資料A Severe Misalignment of AI in Mathematics — 宣言本文・署名者一覧(mathandai.org) ↗
更新・訂正履歴
- 「OpenAIの回答」節で、公式ブログの「Concurrent work」節と公式X投稿の文面を「同じ4文」と書いていたが、X投稿1文目の祝意(We congratulate Levent Alpöge and Tristan Buckmaster on their remarkable mathematical work.)はブログには無く、ブログでは「外力ありEulerについての2人の先行を認め、その優れた数学的成果を祝う」という別の文だった。2〜4文目は公開当初のブログと同文である。Internet Archiveの2026年9月8日17:15 UTC・9月9日08:57 UTCの保存版で確認し、該当箇所を改めた。
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