『AI学習していいか』を2つの単語だけで表す──IETF AI Preferences Vocabularyドラフトを読む
IETF AI Preferencesワーキンググループが2026年8月19日付で更新したドラフト「A Vocabulary For Expressing AI Usage Preferences」(vocab-07)は、コンテンツのAI利用可否を表明する語彙を定義する。現行版で定義済みのカテゴリはAIモデル学習(train-ai)と検索(search)の2つだけで、それぞれallow/disallow/unknownの3値を取る。初版(2025年5月、vocab-00)ではTDM/AI Training/Generative AI Trainingという3階層のカテゴリ構造だったが、その後シンプルな2カテゴリ構成に置き換わったこともドラフト本文の版間比較で確認した。

目次
サイト運営者やコンテンツ制作者が「このコンテンツをAIの学習に使ってよいか」を表明する仕組みは、robots.txtへの書き込み方だけを決めても成立しない。「何を許可・禁止すると宣言したことになるのか」という語彙そのものを標準化する作業が必要になる。IETF AI Preferences(aipref)ワーキンググループが2026年8月19日付で公開したドラフト「A Vocabulary For Expressing AI Usage Preferences」(著者はOpen FutureのP. Keller氏とMozillaのM. Thomson氏)の本文を確認すると、この語彙化の作業がまだ非常に早い段階にあり、現行版で定義済みのカテゴリはわずか2つしかないことが分かる。
3行まとめ
- draft-ietf-aipref-vocabは、コンテンツに対する「自動処理システムによる利用」への選好(preference)を表す語彙を定義するIETF標準化トラックのドラフト。現行のvocab-07版は2026年8月19日公開、失効予定は2027年2月20日(IETF Archiveのテキストファイルで直接確認、Datatracker上のLast updatedは8月18日)
- 現行版で定義済みの利用カテゴリは「AI Model Training」(ラベル
train-ai)と「Search」(ラベルsearch)の2つのみ。各カテゴリはallow(許可)/disallow(禁止)/unknown(不明)の3値- 複数の選好表明が競合した場合は「最も制限的な選好が勝つ」というルールを明記している。robots.txtやHTTPヘッダーへの実際の書き込み方法は、この語彙を使う別ドラフト「draft-ietf-aipref-attach」が定義する
定義済みのカテゴリはまだ2つだけ
ドラフト4章は「この節はまだワーキンググループの合意を得ていない(NOTE: This section does not yet have consensus)」と明記した上で、現行のカテゴリを次のように定義している。
4.1. AI Model Training: Using an asset to modify the learned parameters of an AI model that is used to generate synthetic content in one or more modalities.
(AIモデル学習:1つ以上のモダリティで合成コンテンツを生成するために使われるAIモデルの学習済みパラメータを変更するために、素材を使用すること)
検索カテゴリは条件が細かく、「検索結果に元の場所への直接的な参照やリンクが含まれること」「抜粋の表示がユーザーの関連性判断を助ける目的に限られること」「要約の生成を目的とした利用は含まれないこと」といった限定が付いている。この2カテゴリ以外——例えば「AI検索エンジンによる要約生成」や「非生成的な分類・フィルタリング」といった用途——は、この版の時点では語彙に含まれていない。
3値と「最も制限的な選好が勝つ」ルール
選好の判定結果は「allow」「disallow」「unknown」の3値のいずれかになる。
If any statement of preference indicates that the usage is disallowed, the result is that the usage is disallowed. Otherwise, if any statement of preference allows the usage, the result is that the usage is allowed. Otherwise, the preference for that category is unknown. This process ensures that the most restrictive preference applies.
(いずれかの選好表明が利用を禁止と示していれば、結果は禁止となる。そうでなく、いずれかの選好表明が利用を許可していれば、結果は許可となる。それ以外の場合、そのカテゴリについての選好は不明となる。この処理により、最も制限的な選好が適用されることが保証される)
複数の主体(コンテンツ制作者、配信者など)が異なる選好を表明した場合の衝突を、この「最も厳しい方を採用する」というシンプルなルールで処理する設計だ。
シリアライズ例——train-ai=n, search=yのような1行
6章では、この語彙をStructured Fields(HTTPヘッダーなどで使われるバイト列表現)で機械可読な文字列に変換する方法を定義している。カテゴリごとのラベルは大文字小文字を区別する固定トークンで、train-aiとsearchのみが現行版で定義済み。選好はy(許可)またはn(禁止)という1バイトのトークンで表す。この2つを組み合わせると、train-ai=n, search=yのような1行で「AI学習には使わせないが、検索での引用は認める」という選好を機械可読に表せる、という仕組みになっている。
初版(2025年5月)は3階層のTDM分類だった
「過去のバージョンでカテゴリがいくつ定義されていたか」を、IETF Archiveから初版(draft-ietf-aipref-vocab-00、2025年5月1日付)を直接取得して確認した。結果、現行版とはかなり異なる構造だったことが分かった。
| 項目 | 初版(vocab-00、2025年5月) | 現行版(vocab-07、2026年8月) |
|---|---|---|
| ドキュメント名 | "Opt-Out Vocab" | "A Vocabulary For Expressing AI Usage Preferences" |
| Intended status | Informational | Standards Track |
| カテゴリ構造 | TDM(Text and Data Mining)を最上位に、AI Training・Generative AI Trainingがその下位集合という3階層の入れ子構造 | train-ai・searchの2つがそれぞれ独立、階層関係なし |
| 値の形式 | opt-out(脱退)の宣言のみ | allow/disallow/unknownの3値 |
| 検索カテゴリ | 存在せず(TDMのopt-outは検索・発見目的の利用を制限しないという例外規定のみ) | 独立したカテゴリとして新設 |
出典: draft-ietf-aipref-vocab-00.txt・-07.txtの本文比較
初版は「TDMをopt-outすれば、その下位集合であるAI Training・Generative AI Trainingも自動的にopt-outしたことになる」という、EU著作権指令(EUCD2019)のTDM定義を土台にした階層的なモデルだった。現行版はこの階層構造を廃し、カテゴリごとに独立してallow/disallow/unknownを宣言する、よりシンプルなフラットモデルに置き換わっている。この間にステータスも「Informational(参考情報)」から「Standards Track(標準化トラック)」へ格上げされており、ワーキンググループとしての合意形成が進んだことがうかがえる。ただし、vocab-00からvocab-07までの中間バージョン(01〜06)でいつ・どのような経緯でこの構造転換が起きたのかは、今回は始点と終点の2バージョンを比較したのみで、逐一は追っていない。
この語彙は「どこに貼るか」までは定義していない
この語彙をrobots.txtやHTTPヘッダーに実際に紐づける方法は、この文書自体は定義していない。ドラフトは「[ATTACH] defines mechanisms to associate preferences with assets」([ATTACH]がアセットに選好を関連付ける仕組みを定義する)と明記しており、この役割は別ドラフト「draft-ietf-aipref-attach」(RFC 9309・robots.txtを更新するドラフト)が担う。両者は同じワーキンググループの姉妹ドラフトで、語彙(何を表明できるか)と伝達手段(どこにどう書くか)が分業されている構造だ。
中間バージョンの経緯と日本の著作権法との関係は扱っていない
この記事はvocab-07版(2026年8月19日付、IETF Archiveのテキストファイルで日付を実測)とvocab-00版(2025年5月1日付)の本文を一次ソースとしている。vocab-01からvocab-06までの中間6バージョンについては個別に取得・比較しておらず、3階層モデルからフラットモデルへの転換がどのバージョンで・どんな議論を経て起きたのかは、この記事の範囲では追えていない。今後のバージョンでカテゴリが追加される見込みがどの程度あるかも検証していない。日本語では「日刊IETF」という日次ダイジェスト記事シリーズでこのワーキンググループ全体が紹介されている例はZenn・Qiitaともに見つかったが、vocab個別の内容を掘り下げた解説は見当たらなかった。この記事を書いている自分自身は、著作権法やコンテンツライセンスの実務知識を持たず、この語彙が日本の著作権法上のAI学習例外規定(著作権法30条の4)とどう関係しうるかについては、この記事では触れていない。
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