AIエージェントの『目次』『身分証』『語彙』を別々に作る──Cisco主導AGNTCYの3プロジェクトを読む
「Internet of Agents」を掲げるCisco Outshift主導のオープンソース群AGNTCYには、エージェントの能力を発見するP2Pネットワーク「Directory」、検証可能な身分証を発行する「Identity」、両者が共有する語彙・スキーマの「OASF」という3つの柱がある。それぞれ独立したGitHubリポジトリの一次ソースから、役割分担を確認した。

目次
AIエージェント同士が互いを見つけ、信頼し、対話するための標準規格は、A2AプロトコルやMCPなど、この1年だけでも複数登場している。Cisco Outshiftが主導するオープンソース群「AGNTCY」もその一つだが、単一の規格ではなく、役割の異なる複数の独立リポジトリから成る点が特徴だ。今回、その中核をなす3つのプロジェクト──Directory・Identity・OASF──のREADME本文とGitHub APIのメタデータを、それぞれ一次ソースとして確認した。
3行まとめ
- AGNTCYの3プロジェクトは役割分担している。OASF(★331)がエージェントの能力・スキルを記述する共通語彙、Directory(★177)がその語彙で書かれたレコードをP2Pネットワーク上で発行・検索する仕組み、Identity(★99)がエージェント・MCPサーバー・マルチエージェントシステムに検証可能な身分証を発行する仕組み(いずれも2026年8月27日のGitHub API実測)
- Directoryは分散ハッシュテーブル(DHT)による発見と、コンテンツアドレッシングによるグローバルな一意性を採用し、レコードには暗号署名による改ざん検知・来歴追跡が付く。Go SDK・Python SDK・JavaScript SDKに加え、MCPサーバー実装も別リポジトリで提供されている
- OASFはサイバーセキュリティ分野の標準スキーマOCSF(Open Cybersecurity Schema Framework)から着想を得ており、データモデリングの思想だけでなく実装(スキーマサーバー)自体もOCSFの派生と明記されている。一度リリースされたスキーマバージョンは不変というポリシーを取る
OASF──エージェントの「語彙」を業界横断で決める
3つのうち最も基礎にあるのがOASF(Open Agentic Schema Framework)だ。READMEはこう定義している。
The Open Agentic Schema Framework (OASF) is a standardized schema system for defining and managing AI agent capabilities, interactions, and metadata. […] OASF is highly inspired from OCSF (Open Cybersecurity Schema Framework) in terms of data modeling philosophy but also in terms of implementation. The server is a derivative work of OCSF schema server and the schema update workflows reproduce those developed by OCSF.
(OASFは、AIエージェントの能力・相互作用・メタデータを定義・管理するための標準化されたスキーマシステムだ。〔中略〕OASFはデータモデリングの思想だけでなく実装の面でも、サイバーセキュリティ分野の標準スキーマOCSFから強く着想を得ている。サーバー自体がOCSFスキーマサーバーの派生作品であり、スキーマ更新のワークフローもOCSFが開発したものを再現している)
OASFの中核にあるのは「record object」で、エージェント関連の情報・メタデータの集合を表す主要なデータ構造だ。レコードには「skills」と「domains」で注釈を付けられ、発見・検出をしやすくする。「modules」という仕組みで、コアスキーマを崩さずに第三者が拡張機能を追加することもできる。
特徴的なのが「一度リリースしたスキーマバージョンは不変」というポリシーだ。READMEはこう明記する。
Once a schema version is released, no changes to that version of the schema are expected, except for non-breaking fixes such as documentation updates or minor bug corrections. […] This immutability policy ensures backward compatibility and stability for systems that depend on specific schema versions.
(一度スキーマバージョンがリリースされたら、そのバージョンへの変更は、ドキュメント更新や軽微なバグ修正のような非破壊的な修正を除き想定されない。〔中略〕この不変性ポリシーは、特定のスキーマバージョンに依存するシステムの後方互換性と安定性を保証する)
GitHub APIで直接確認したところ、OASFのスター数は331、フォーク数は46、作成日は2025年2月10日だった(2026年8月27日確認)。
Directory──OASFで書かれたレコードをP2Pネットワークで発行・検索する
OASFという語彙の上に立つのがDirectory(agntcy/dir)だ。READMEはこう説明する。
The Directory (dir) allows publication, exchange, and discovery of information about records over a distributed peer-to-peer network. It leverages OASF to describe AI agents and provides a set of APIs and tools to store, publish, and discover records across the network by their attributes and constraints.
(Directoryは、レコードに関する情報を、分散型のピアツーピアネットワーク上で発行・交換・発見できるようにする。OASFを利用してAIエージェントを記述し、属性や制約条件によってネットワーク全体からレコードを保存・発行・発見するためのAPIとツール群を提供する)
READMEが挙げる機能は6つ。OASFで記述された構造化メタデータによる「能力ベースの発見」、暗号的な仕組みでデータの完全性と来歴を追跡できる「検証可能な主張」、バージョン履歴や協業関係、依存チェーンなどをレコード間で結びつける「セマンティックなリンク」、コンテンツアドレッシングとDHT(分散ハッシュテーブル)による「分散アーキテクチャ」、コマンドラインツール・SDK・APIで開発者がレコードやノード操作をプログラムから扱えるようにする「ツールと統合」、そして署名・検証・アクセス制御を含む「セキュリティと信頼」だ。
Go SDK・Python SDK(PyPI: agntcy-dir)・JavaScript SDK(npm: agntcy-dir)がそれぞれ公開されているほか、別リポジトリでMCPサーバー実装(agntcy/dir-mcp)も提供されている。GitHub APIで確認したスター数は177、フォーク数は53、作成日は2025年2月10日(OASFと同日)だった。
Identity──エージェント・MCPサーバー・マルチエージェントシステムに「身分証」を発行する
3つ目がIdentity(agntcy/identity)だ。READMEは狙いをこう説明する。
AGNTCY Identity provides a secure and verifiable method to uniquely identify agents through open and decentralized techniques. Each agent is assigned a universally unique identifier, backed by verifiable credentials (VCs). AGNTCY Identity enables to bring your own identity using conventions like IDs assigned by Identity Providers (e.g., Okta) or Agent Cards (e.g., Google's A2A), or be assigned an ID following standards (e.g., W3C DIDs).
(AGNTCY Identityは、オープンで分散化された技術によってエージェントを一意に識別する、安全で検証可能な方法を提供する。各エージェントには、検証可能な資格情報(VC)に裏付けられた、世界で一意な識別子が割り当てられる。AGNTCY Identityは、Identity Provider(Oktaなど)が割り当てたIDやAgent Card(GoogleのA2Aなど)といった既存の規約を持ち込む(BYOID)ことも、W3C DIDのような標準に従って新規にIDを割り当てることもできる)
READMEは「Trust is foundational for the Internet of Agents(信頼はInternet of Agentsの基盤である)」と位置づけ、Identityが対象とするのはエージェント単体だけでなく、MCPサーバーとマルチエージェントシステム(MAS)の両方にも及ぶと明記している。主要コンポーネントは、身分証・ボルト・資格情報をCLIで管理する「Issuer CLI」と、org:sub-org ID・公開鍵・SubjectID・メタデータ(バッジ、ResolverMetadata、VC)を保持・提供する「Node Backend」の2つ。GitHub APIで確認したスター数は99、フォーク数は20、作成日は2025年5月27日だった。
AGNTCYはLinux Foundation傘下──実は6コンポーネント構成、この記事が扱うのは3つ
公式サイトagntcy.orgのフッターを確認すると「AGNTCY a Series of LF Projects, LLC」と明記されており、The Linux Foundationのロゴも掲載されている。AGNTCYはCisco Outshiftが主導するプロジェクト群であると同時に、Linux Foundation傘下の「LF Projects」の一つとしてガバナンスされている、ということが公式サイトから確認できる。
公式サイトのトップページを見ると、SDKの対応範囲として「Directory, SLIM, OASF, Observability, Evaluation, and Identity」という6つのコンポーネント名が並んでいる。トップページで見出し付きで紹介されているのは次の4つだ。
| コンポーネント | 公式サイトの説明(要約) |
|---|---|
| Agent Directory Service | フレームワーク・プロトコル・レジストリをまたいだエージェント発見のための連合型レジストリ |
| SLIM | AIエージェント間のネットワークレベルでの安全・効率的な通信のための規格を定めるプロトコル |
| Observability | マルチエージェントアプリケーションの可観測性・評価を可能にするテレメトリ収集ツール・サービス群 |
| Identity | 組織を問わずエージェント・ツールの身元を管理・検証する仕組み |
この記事が本文で扱ったDirectory・Identity・OASFは、公式サイトが挙げる6コンポーネントのうち3つに過ぎない。SLIM(通信プロトコル)とObservability(可観測性)、Evaluation(評価、公式サイトのSDK対応リストにのみ名前が出てくる)は、この記事では扱っていない。
3つの立ち位置を整理すると
3リポジトリを並べると役割はこう整理できる。OASFが「何を、どう記述するか」という語彙・スキーマを決め、Directoryが「その語彙で書かれたレコードを、どこで見つけるか」という発見・流通の仕組みを提供し、Identityが「そのレコードの発行元は本当に名乗っている通りの相手か」という信頼・認証の層を担う。3つとも作成日は2025年前半(OASF/Directoryが2025年2月10日、Identityが5月27日)で、いずれも2026年8月下旬時点でpushが続いており、開発は継続中だ。
なお同じAGNTCYの傘下にはAgent Payments Protocol(AP2、Google主導の決済プロトコル)も含まれるが、こちらは既に日本語での解説記事が複数存在するため、この記事では扱わない。
3リポジトリを実際に立ち上げて連携させる検証はしていない
この記事はagntcy/dir・agntcy/identity・agntcy/oasfそれぞれのREADME本文とGitHub APIのメタデータ、およびagntcy.org公式サイトのトップページのみを一次ソースとしている。3つのプロジェクトを実際にインストールし、OASFで記述したレコードをDirectoryに発行し、Identityで署名・検証するといった一連の流れを自分の環境で動かす検証は行っていない。SLIM・Observability・Evaluationという残り3コンポーネントは名称と1行説明を確認したのみで、それぞれのGitHubリポジトリ・README本文までは読んでいない。Cisco OutshiftとLinux Foundation(LF Projects)の間の具体的な権利関係・意思決定の仕組みについても、公式サイトの「a Series of LF Projects」という記載を確認した以上には調べていない。他の標準化団体(IETF・A2A陣営など)との協調・競合関係についても、この記事の範囲では確認していない。Zenn検索では「AGNTCY」0件(2026年8月27日実測)。
関連記事: AIエージェント決済(x402/AP2)は今どれだけ動いているのか / A2Aプロトコルは結局使われているのか / MCP(Model Context Protocol)とは
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