「2030年にIT人材79万人不足」の出典を探したら、経産省の資料には見当たらなかった
「2030年に最大79万人のIT人材が不足する」という数字は、多数のブログ・企業サイトが経済産業省のデータとして紹介している。だが経産省が2019年4月に公表した『IT人材需給に関する調査』の要約資料を原文で確認すると、中位シナリオでの需給ギャップは2030年に45万人、前回2016年調査ベースの参考値でも59万人で、79万人という数字はどこにも出てこなかった。

目次
「2030年にはIT人材が最大79万人不足する」という数字を、日本語のIT系ブログ・企業サイトで頻繁に見かける。多くの記事がこの数字の出典として経済産業省を挙げている。一方で「AIがコードを書くようになり、プログラマーは不要になる」という言説も同時に語られる。「人材が足りない」と「AIで代替される」が並行して語られるこの矛盾を確認するため、経産省が2019年4月に公表した「IT人材需給に関する調査(概要)」の原文をPDFで取得し、実際の数字を確認した。
3行まとめ
- 経産省の2019年4月付「IT人材需給に関する調査(概要)」を原文で確認すると、需要の伸び年平均2.7%(中位シナリオ)・労働生産性年0.7%上昇という前提で試算した需給ギャップは、2018年22万人→2020年30万人→2025年36万人→2030年45万人となっている
- 同資料は参考値として、前回(2016年)調査の需要の伸び1.5〜2.5%シナリオでの2030年時点の需給ギャップも「59万人」と併記している
- 「79万人」という数字は、今回
curlで取得したこの要約資料本文のどこにも見当たらなかった。これが別の資料(本編の詳細版など)にのみ記載されている数字なのか、どこかで数字が混同・誤伝されたものなのかは、今回のセッションでは特定できなかった
「79万人」を求人・企業サイトで頻繁に見かける
「2030年 IT人材 79万人」という言葉で検索すると、NTTドコモビジネス、レバテック、複数のIT系企業ブログなど、多数のサイトが経済産業省のデータとしてこの数字を紹介している。しかし、これらの記事の多くは経産省の一次資料へのリンクを示していないか、示していても具体的にどのページのどの数字を指しているかが明記されていない。
経産省の原文を確認する
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/gaiyou.pdfをcurl -sL -A "Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_15_7)"で取得し、pdftotextでテキスト化して通読した。これは経済産業省情報技術利用促進課が2019年4月に公表した「IT人材需給に関する調査(概要)」で、経産省・厚生労働省・文部科学省の三省連携による試算の要約版である。
資料の「表1 IT人材の需給ギャップ」には、次の数字が示されている。
| 年 | 2018年 | 2020年 | 2025年 | 2030年 | 2030年(前回調査) |
|---|---|---|---|---|---|
| 需給ギャップ | 22万人 | 30万人 | 36万人 | 45万人 | 59万人 |
表の注記には「※前回調査:2016年『IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果』(経済産業省)における需要の伸び1.5-2.5%シナリオの需給ギャップを記載」とある。つまりこの表には2種類の数字が並んでいる。ひとつは今回(2019年)調査の中位シナリオ(需要の伸び年平均2.7%、労働生産性年0.7%上昇)に基づく2030年時点45万人。もうひとつは、前回(2016年)調査の低〜中位シナリオに基づく参考値としての59万人だ。
資料は続けてこう書いている。
「ただし、年3.54%の労働生産性上昇を実現した場合には、2030年時点のIT人材の需要と供給は均衡することが見込まれる」
「79万人」はどこにあるのか
この資料には、需要の伸び率について3つのシナリオが示されている。
「高位シナリオ:年平均成長率4.4%程度(企業向けアンケート結果)/中位シナリオ:年平均成長率2.7%程度(高位と低位の中間)/低位シナリオ:年平均成長率1%程度(民間の市場予測等に基づく)」
このうち高位シナリオ(4.4%)について、資料は「2030年のIT人材需要は192万人と、2018年に比べ67万人増加する」と書いている。これは「需給ギャップ」ではなく「需要そのものの増加量」の数字であり、45万人・59万人とは異なる指標だ。今回取得した資料本文を「79」という数字で機械的に検索したが、全角・半角いずれの表記でも一致する箇所は見つからなかった。
したがって、「2030年にIT人材が最大79万人不足する」という広く流通している数字が、この2019年4月付の要約資料のどこにも見当たらないというのが、今回のセッションで確認できた事実である。この数字が、経産省が別途公表した本編(詳細版)や、異なる年の別の調査資料に由来するものなのか、あるいはどこかの段階で異なるシナリオの数字(たとえば高位シナリオの需要増加量67万人や、需給ギャップの前回調査値59万人)と混同されて広まったものなのかは、今回のセッションでは特定できなかった。
経産省の現行ページに、2019年の資料はもう並んでいない
経産省の「IT人材育成」政策ページ(https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/)を今回curlで取得すると、掲載されているのは主に2025年以降の資料で、2019年4月付の「IT人材需給に関する調査(概要)」自体はこのページのリンク一覧には出てこない(PDFファイル自体は直接URLを指定すれば今も閲覧できる)。代わりに掲載されていたのが、2025年5月付の「Society 5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」(概要版・本編)だった。この報告書もcurlとpdftotextで実際に本文を取得し、「79万」「79 万」の両表記で検索したが、こちらにも一致箇所はなかった。
この2025年報告書は、そもそも「人材不足の人数」という枠組み自体を使っていない。かわりに使われているのが「デジタル田園都市国家構想」という別の政策の育成目標数値だ。
| 年度 | 育成目標 | 実績 | 達成率 |
|---|---|---|---|
| 2022〜2026年度(5年間の合計目標) | 230万人 | ― | ― |
| 2023年度 | 約35万人 | 約51万人 | 約146% |
| 2024年度 | 約48万人 | 約44万人(上半期のみ) | 約92% |
つまり2025年5月時点で経産省が前面に出しているのは「何人不足しているか」ではなく「育成目標に対してどれだけ達成できているか」という、まったく別の指標だ。文部科学省・経済産業省・厚生労働省がそれぞれ担当領域(数理・データサイエンス教育、デジタルスキル標準、教育訓練給付制度など)を分担する形で目標が組まれている点も、2019年の「需給ギャップ」試算とは枠組みが異なる。
「不足」と「代替」は、同じ資料の中でも別の話
この資料が示す需給ギャップ(22万人〜59万人)は、AIによる代替を前提にした数字ではない。むしろ「IT人材需要がこのペースで伸び続けた場合に、供給が追いつかない」という、人材不足の推計である。一方で「AIがコードを書くようになりプログラマーが不要になる」という言説は、需要そのものが縮小する方向の主張だ。同じ経産省の資料を根拠に語られることがある両者だが、この資料自体は「人材需要は伸び続ける」という前提に立っており、AIによる需要縮小のシナリオはこの要約資料の範囲には含まれていない。
確認できたのは2019年の「概要」版資料のみで本編は未取得
まず、この記事が確認できたのは経済産業省が2019年4月に公表した「概要」版の資料本文であり、より詳細な本編資料・別添データが別に存在する場合、そちらに「79万人」という数字が記載されている可能性は排除できない。今回のセッションでは、この要約資料以外の関連資料までは取得していない。
次に、「79万人」という数字を紹介している多数のブログ・企業サイトが、具体的にどの資料のどのページを見てこの数字を書いたのかは、この記事では個別に検証していない。誤引用なのか、別の正当な出典があるのかを、この記事は判定できない。
さらに、2019年の「IT人材」と2025年の「デジタル人材」は、経産省の資料内でも同じ定義の人材を指しているとは限らない。「デジタル田園都市国家構想」の230万人という目標は、デジタル推進人材(ビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティ人材の5類型)という枠組みで文部科学省・経済産業省・厚生労働省・民間が分担する育成目標であり、2019年調査の「IT人材」(IT産業・IT企業に従事する人材を中心とした需給ギャップ試算)とは対象範囲が異なる可能性がある。この2つの「人材」の定義がどこまで重なるかは、今回のセッションでは突き合わせていない。
また、この資料は2019年4月時点のものであり、ChatGPTをはじめとする生成AI・AIコーディングツールの普及(2022年以降)より前の推計である。仮に「79万人」という数字が別の一次資料に存在したとしても、それが生成AI時代を織り込んだものかどうかは、この記事の範囲では判断できない。
最後に、この資料が示す「需給ギャップ」の推計手法(IT市場の成長率と等しい伸び率でIT人材需要が伸びるという仮定など)の妥当性そのものについても、この記事は評価していない。
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