家にある古い手紙・日記をAIで読む方法──国立情報学研究所系のアプリ「みを」を確認した
くずし字(変体仮名・草書体の手書き文字)を読める人は人口の0.01%程度、数千人しかいないとされる。ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が2021年8月30日に無料公開したスマホアプリ「みを(miwo)」は、カメラで撮影するだけでAIがくずし字を現代の文字に変換する。江戸期の版本だけでなく、手書きの古文書にも対応する。

目次
実家の蔵から出てきた古い手紙、祖父母が遺した日記、家に伝わる古文書――くずし字(変体仮名や草書体で書かれた、現代人にはほぼ読めない文字)で書かれていて、内容が分からないまま眠っている、というケースは少なくない。国立情報学研究所(NII)系列のROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が無料公開しているスマホアプリ「みを(miwo)」を使うと、カメラで撮影するだけでAIが現代文字への変換を試みてくれる。本稿は公式サイトを一次で確認し、何ができて何ができないかを整理する。
3行まとめ
- 「みを」は2021年8月30日にAndroid・iOS版が正式公開された無料アプリ。くずし字資料をカメラで撮影し、認識ボタンを押すだけでAIが現代文字に変換する
- 対象は江戸時代の版本(印刷された古典籍)を得意としつつ、くずし字(草書)で手書きされた古文書にも使えると明記されている――家庭に伝わる手書きの手紙・日記も対象になりうる
- AI認識は「決して完璧ではない」と公式が明記しており、認識結果には誤りが含まれることがある。誤りのない翻刻が必要な場合は専門の翻刻サービスの利用を案内している
なぜこのアプリが作られたのか
CODH公式サイトによれば、くずし字がきちんと読める人は「数千人程度(人口の0.01%程度)」しかいないとされる。日本には大量の歴史的資料が残されているが、読める人が少ないために翻刻(現代の文字に起こす作業)には非常に長い時間がかかる。この課題に対し、CODHはAI物体検出技術を使ってくずし字を直接検出・翻刻する「KuroNet(クロネット)」を開発し、その後「Kaggleくずし字認識コンペ」で世界中の知見を集め、それらを踏まえて誰でも使えるスマホアプリ「みを」を開発した。名前の由来は『源氏物語』第14帖「澪標(みをつくし)」で、「くずし字資料の海を旅する道しるべになるように」という意図が込められているという。
開発者はGoogle DeepMindのカラーヌワット・タリン氏で、共同開発者に北本朝展氏(ROIS-DS CODH/NII)ら。現行バージョンで使われているAIくずし字認識システムは「RURI(瑠璃)」と呼ばれ、AI物体検出技術をくずし字認識に最適化したモデルだという。学習データには国文学研究資料館が作成した「100万文字以上のくずし字データセット」を独自に強化したものが使われている。
使い方はカメラで撮って認識ボタンを押すだけ
公式ページの説明によれば、利用手順は非常にシンプルだ。
- Google Play(Android)またはApp Store(iOS)で「みを」を検索してインストール(無料)
- くずし字資料をカメラで撮影
- 認識ボタンを押すと、AIがくずし字を現代文字に変換
主な機能として次が挙げられている。
- くずし字認識結果の文字表示と、書籍画像との比較スライダー
- 変体仮名の字母表示と、くずし字データセットへのリンク
- 認識結果のテキスト表示とコピーボタン
- 認識結果の保存と読み出し
認識の仕組みは、CODHが運用するサーバーに画像を送信して処理する方式で、公式ページには「サーバーに送信された画像、およびその認識結果は、サーバー上には保存しません」と明記されている。家族の手紙のようにプライバシーに関わる資料を扱う際、この一文は確認しておく価値がある。
リリース履歴と実績──公開から2026年8月29日時点で352万枚
公式ページの「ニュース」欄と「実績」欄を確認すると、次のような更新履歴と実績が確認できる。
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 2021年8月30日 | バージョン1.0公開(Android・iOS同時) |
| 2022年10月7日 | 2022年度グッドデザイン賞を受賞 |
| 2022年10月26日 | バージョン1.1公開。認識モデルがKuroNetから新モデル「RURI(瑠璃)」に切り替え |
| 2022年11月25日 | デジタルアーカイブ学会 第4回学会賞 学術賞(基盤・システム)受賞 |
| 2023年12月24日 | Android最新バージョンでの不具合を修正する新バージョンをリリース |
公式ページには「実績」として、認識した画像の累計枚数を表示するカウンターがあり、本稿執筆時点(2026年8月29日18時32分17秒、公式ページのタイムスタンプそのまま)で「3,519,920枚」となっていた。公開から約5年でこの枚数に達した計算になる。
開発体制は、開発者がカラーヌワット・タリン氏(Google DeepMind)、共同開発者が北本朝展氏(ROIS-DS CODH/NII)とMikel Bober-Irizar氏、共同研究者にSiyu Han氏という構成で、JSPS科研費若手研究(19K13085)・JST ACT-X(JPMJAX20A4)・JSPS基盤研究A(19H01141)という3つの公的研究費の支援を受けていると明記されている。
「みを」と「KuroNet」の違い──アプリかブラウザか、ログイン要否
CODHは「みを」以外に、ブラウザから使う「KuroNetくずし字認識サービス」も提供している。両者の違いをKuroNet公式ページの記述から整理する。
| 項目 | みを(miwo) | KuroNetくずし字認識サービス |
|---|---|---|
| 利用形態 | スマホアプリ(Android/iOS) | ブラウザ(Webサービス) |
| 対象画像 | カメラで直接撮影 | IIIF準拠の画像(マニフェストURLを入力) |
| ログイン | 不要 | 必要 |
| 料金 | 無料 | 無料 |
| 認識モデル | RURI(瑠璃) | RURI(瑠璃)※旧称KuroNetは2022年10月にRURIへ役目を譲り、サービス名としてのみ継続使用 |
家庭にある紙の手紙・日記をその場で撮って読みたい場合は「みを」、すでにIIIF形式でデジタル化された古典籍・古文書を画面上で処理したい場合は「KuroNetくずし字認識サービス」という使い分けになる、とCODHの案内から読み取れる。
精度検証の土台になったKaggleコンペ──2019年、上位陣は認識精度0.95
「みを」の認識モデルの土台は、CODHが2019年7月19日〜10月14日に開催したKaggleコンペティション「Kuzushiji Recognition - Opening the door to a thousand years of Japanese culture」に遡る。CODH公式ページに掲載された結果によると、1位(tascj氏)から5位までのスコアは0.950〜0.940(評価指標の詳細はKaggle側のページに依拠し、本稿では未確認)で、10位までが公式ページに実名で掲載されている。このコンペで集まった手法群を踏まえてKuroNetを上回るモデルが構築され、後継の「みを」アプリにつながった、という経緯がCODHのページに明記されている。
版本(印刷物)だけでなく手書き文書にも対応
くずし字資料には大きく分けて、木版印刷された「版本(古典籍)」と、手で書かれた「古文書」の2種類がある。公式ページには「くずし字認識の対象としては、江戸時代の版本を得意としますが、くずし字(草書)で手書きされた古文書にも使えます」と明記されている。つまり、実家に眠る手書きの手紙や日記であっても、対象範囲としては想定されている。ただし「得意とする」のは印刷物である版本の方であり、手書き文書の認識精度が版本と同等かどうかまでは、公式ページの記述からは判断できない。
精度についての注意書き
公式ページは精度の限界について率直に書いている。
「みを」のAIくずし字認識は決して完璧ではありません。くずし字認識結果には誤りが含まれることがありますので、ユーザご自身でご確認ください。また本センターは、くずし字認識の誤りに関するお問い合わせは受け付けておりません。誤りのない翻刻をご希望の場合は、企業や個人が提供する翻刻サービスなどをご利用下さい。
つまり「みを」はあくまで、自分で試して大まかな内容をつかむための無料ツールであり、正確性が求められる用途(学術的な翻刻、遺言書や契約書のような法的文書の確認など)には、専門の翻刻サービスを利用するよう案内されている。
トラブル時の対処法
公式ページには簡単なトラブルシューティングも掲載されている。
- 最新のOSにアップデートすると問題が解決する場合がある
- iOS・Androidとも、発売から4〜5年以上経過した機種では動作に問題が生じる場合がある(修正に取り組み中とのこと)
- アプリの動作にはカメラ・アルバムへのアクセス許可が必要。誤って拒否した場合は、アプリを削除して再インストールする
手書き資料での実際の精度は検証していない
- 実際に古い家庭の手紙・日記でどの程度の精度が出るかは、本稿では検証していない。公式ページが「版本を得意とする」と明記している以上、手書き資料では版本より精度が落ちる可能性がある
- アプリの最新バージョン番号・対応OSバージョンの詳細(最小要件)は、本稿で確認したページには具体的な記載がなかった
- KuroNetサービスとの使い分け(アプリかブラウザか)は公式ページの記述から整理できたが、「みを」とKuroNetサービスとで実際の認識精度に差があるかどうかは、CODHの公開ページからは確認できなかった。両者は同じRURIモデルを使うと明記されているため、入力経路(カメラ撮影かIIIF画像か)以外の精度差があるのかは本稿では検証していない
- Kaggleコンペのスコア「0.950」が具体的に何を測る指標なのか(文字単位の検出精度なのか、正解率なのか)は、CODH側のページには明記がなく、本稿ではKaggle側の評価基準ページまでは確認していない
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