2026年9月6日 日曜日
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AIが2000年前の炭化した巻物を読む──Vesuvius Challengeは何をどこまで解読したか

西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火で炭化したヘルクラネウム古文書を、CTスキャンとAIで開かずに読む国際コンテスト「Vesuvius Challenge」。公式サイトによると2026年に1巻を最初から最後まで解読し、現在は総額214万ドルの賞金で複数巻の解読に懸賞を出している。

AIが2000年前の炭化した巻物を読む──Vesuvius Challengeは何をどこまで解読したか
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目次

3行まとめ

  1. 西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火で炭化し、開けば崩れてしまう「ヘルクラネウム・パピルス」を、CTスキャンとAI(機械学習・コンピュータビジョン)で非破壊のまま読む国際コンテストがVesuvius Challenge。2026年6月25日、PHerc. 1667(紀元前2世紀のストア派論考)を最初から最後まで解読したと公式発表。同時にPHerc. Paris 4(2023年グランプライズの内容を独立検証)とPHerc. 139(フィロデモス『神々について』第8巻と特定)でも成果が出た。
  2. 現在の懸賞総額は214万ドル、これまでに183.7万ドルが授与済み。目玉は「2027年グランプライズ=100万ドル」で、封をされたままの13巻のうち1巻を6月25日までに読めるようにしたチームに与えられる。
  3. 資金の出し手にElon Musk財団(208.4万ドル)、GitHub創業者Nat Friedman(225万ドル)ら著名投資家が名を連ね、解読作業自体はケンタッキー大学のBrent Seales氏らの研究チームが2015年に確立した「virtual unwrapping(仮想アンラッピング)」技術を土台にしている。

「開けずに読む」がなぜ必要なのか

ヘルクラネウムはヴェスヴィオ火山の噴火で埋もれたイタリアの古代都市で、カエサルの義父が所有していたとされる別荘(Villa of the Papyri)から、炭化した数百巻のパピルス巻物が出土している。1750年、井戸を掘っていた農夫がこの別荘を発見して以来、巻物を開こうとする試みが繰り返されてきたが、炭化してもろくなった巻物の多くは開いた瞬間に崩壊し、失われた。現在も600巻以上が未開封のまま残っている。

Vesuvius Challenge公式サイトは、この状況を「For centuries, as virtually every ancient text exposed to the air decays and disappears, the library of the Villa of the Papyri waits underground, intact.(空気に触れた古代文書がことごとく朽ちて消えていく中、パピルスの別荘の蔵書は地下で無傷のまま待ち続けてきた)」と表現している。物理的に開かずに中身を読む技術が必要とされてきた理由がここにある。

土台となった技術「virtual unwrapping」

公式サイトの年表によると、2015年にケンタッキー大学のBrent Seales氏率いるチームが、X線トモグラフィーとコンピュータビジョンを使い、死海地域で発見された「エン・ゲディ写本」を開かずに読むことに成功した(内容は旧約聖書レビ記だったとされる)。この「virtual unwrapping」技術が、ヘルクラネウム・パピルスの炭化インクもX線トモグラフィーで検出できることを示す基礎となり、Vesuvius Challengeの土台になったという。

コンテストの仕組みと2027年グランプライズ

Vesuvius Challengeは2023年3月に開始され、最初のグランプライズ(ヘルクラネウム巻物から140文字×4パッセージを解読)は開始から1年以内に達成された。公式サイトが示す現在の主な賞金構成は次の通り(2026年8月27日時点でcurl確認)。

  • 2027年グランプライズ 100万ドル: 封をされたままの13巻(PHerc0125・PHerc0191・PHerc0211・PHerc0257・PHerc0268・PHerc0358・PHerc0800・PHerc0813・PHerc0826・PHerc1203・PHerc1218・PHerc1447・PHerc1545の各スキャン)のうち1巻を最初から最後まで解読・判読可能にする。1位80万ドル・2位10万ドル・3位5万ドル・4位5万ドル。締め切り2027年6月25日
  • First Letters: 2027年グランプライズ対象の巻物のうち、4平方センチメートルの範囲内で10文字を発見したチームに、巻物1本あたり5万ドル。最大10巻まで、総額上限50万ドル。同じく締め切り2027年6月25日
  • PHerc. Paris 4's Title 5万ドル: 「PHerc. Paris 4」(Scroll 1)というコード名の巻物のタイトルを特定する。/prizesページによれば、これまでにPHerc. 172とPHerc. 139のタイトルは既に発見済みで、Scroll 1(PHerc. Paris 4)のタイトルだけがまだ見つかっていないという
  • Progress Prizes 年間59万ドル: オープンソースへの貢献に対する継続的な懸賞。月間ベストの提出には毎月2万ドルが出る

サイトのニュース欄には、動画付きの見出し「We read an entire scroll →」(1巻を丸ごと読んだ)と、それとは別に「$60,000 First Title Prize Awarded」(タイトル特定賞6万ドルを授与)という項目が並んで表示されている。前者は本記事が扱うPHerc. 1667ら3巻の2026年6月25日の発表(/firstscrollページ)へのリンクだが、後者はリンク先のURL自体が異なり、公式サイトのWinnersページ(受賞履歴)とSubstack記事で確認すると、2025年5月5日付でPHerc. 172(フィロデモス『悪徳について』第1巻とみられる(出典の見出し自体が "Philodemus, On Vices, Book 1(?)" と疑問符付きで、本文も「The book number is likely written as Book 1, though this is less certain (for now)」=巻数は現時点では確度が低いと明記している))のタイトルを発見したMarcel Roth氏・Micha Nowak氏に授与された、別の・より古い懸賞だった。つまり2026年6月の3巻発表とはニュース欄で隣接表示されているだけの無関係な項目であり、後述する「PHerc. 139のタイトル特定」とも別の出来事だ。挑戦は「1巻を読む」段階から「複数巻を読む」段階へ移ったと公式サイトは位置づけている。

このニュース欄からリンクされている専用ページ「An entire Herculaneum scroll has been read for the first time」(2026年6月25日付)を直接読むと、この発表がPHerc. 1667だけでなく3つの巻物にまたがる成果だったことが分かる。

PHerc. 1667(コミュニティ内呼称:Scroll 4)── ストア派の倫理学論考

同ページによれば、PHerc. 1667はもともと高さ19〜24cmの巻物だったが、19世紀・1969年・1980年代の3度にわたる物理的な開封の試みで外側の層が失われ、内側の芯部分(約8cm)だけが現存していた。この現存部分について、22列の下部を最初から最後まで連続して読むことに成功したという。内容は倫理学の哲学論考で、人間性・衝動・道徳的進歩を論じ、最後の欄にストア派の大成者クリュシッポスの甥で弟子の「アリストクレオン」の名が登場することから、紀元前2世紀のストア派の文献と判定されている。ページには実際の翻訳の抜粋も掲載されている。

"…we will inquire into something, but we will not grasp it, if in some way we depart from ourselves and from our own nature…"

(…我々は何かを探求するだろうが、もし自分自身や自らの本性から何らかの形で逸脱するなら、それを掴むことはできないだろう…)

技術面では、フランス・グルノーブルの欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF)のBM18ビームラインで高解像度の位相コントラストX線マイクロトモグラフィーを取得し、ナポリ国立図書館「ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世」(ヘルクラネウム・パピルスの保管元)と協力して進めたとされている。この研究の査読前論文は「Complete virtual unwrapping and reading of a rolled Herculaneum papyrus」というタイトルでarXivに2026年6月27日付で提出されており(arXiv:2606.29085)、著者にはGiorgio Angelotti氏・Stephen Parsons氏ら20名以上が名を連ねている。アブストラクトページで著者一覧までは確認したが、論文本文の技術的な詳細(機械学習モデルの構成など)はこの記事では読み込んでいない。

PHerc. Paris 4(Scroll 1)── 2023年グランプライズの読みを独立検証

同じ発表には、2023年グランプライズの対象だった「PHerc. Paris 4」(Scroll 1)についての続報も含まれていた。より高解像度の撮像技術により、巻物内部のX線データ上でインクそのものが直接視認できるようになり、3次元でセグメンテーションして展開面に投影したところ、2023年グランプライズで読まれたテキストと一対一で一致したという。つまりこれは、2023年の読み取り結果が独立した手法で裏付けられた、という検証結果であり、記事冒頭で触れた「PHerc. Paris 4のタイトルを特定する懸賞(5万ドル)」とは別の話だ。

PHerc. 139 ── タイトルと著者名を特定

3つ目の巻物PHerc. 139では、巻物のタイトルと著者が特定され、「Philodemus(フィロデモス), On Gods(神々について), Book 8」というエピクロス派の哲学者フィロデモスの著作だと判明した。この「タイトル特定」は前述の「PHerc. Paris 4's Title」懸賞とは対象の巻物が異なる点に注意が必要だ。なお、ニュース欄に並んでいた「$60,000 First Title Prize Awarded」はPHerc. 139とは無関係で、2025年5月にPHerc. 172のタイトル発見に対して授与された別の懸賞だったことをWinnersページ・Substack記事で確認した(前節参照)。

3つの巻物の成果を整理すると次のようになる。

巻物(コミュニティ内呼称) 今回の成果 内容・分野
PHerc. 1667(Scroll 4) 現存部分(22列)を最初から最後まで連続して読解 ストア派の倫理学論考、紀元前2世紀
PHerc. Paris 4(Scroll 1) 高解像度撮像で内部のインクを直接視認、2023年の読解結果と一対一で一致(独立検証) 2023年グランプライズで既読の内容
PHerc. 139 タイトル・著者を特定 フィロデモス『神々について』第8巻

進捗の数字

公式サイトのトップページには次の実績数値が並ぶ(2026年8月27日時点)。

  • スキャン済みの巻物・断片: 45
  • 完全に読まれた巻物: 1
  • インクが表出(判読できるとは限らない)した巻物・断片: 45件中9件
  • 開いている懸賞総額: 214万ドル
  • これまでに授与済みの賞金: 183.7万ドル

「Ink Detection」(インク検出)の課題ページによれば、炭化パピルス上の炭素インクはX線CT画像上でパピルス自体とほとんど見分けがつかず、可視のインクがある断片でモデルを訓練し、密閉された巻物内部のインクを推論する手法(反復的な疑似ラベリングでの判読性向上)が使われている。「Virtual Unwrapping」課題ページは、CTスキャンが出力するのはボクセル(3次元の点群)であって文字の並んだ列ではなく、書字面をセグメンテーション・メッシュ化・平坦化する処理が必要になると説明し、隣接する層が密集している箇所や破れがある箇所ではこのパイプラインが機能しないため、現状はトレースが半自動にとどまっていると明記している。これを完全自動化する課題には100万ドルの懸賞がかかっている。

誰が支えているのか

公式サイトの「Sponsors」欄には寄付者と金額が公開されている。20万ドル以上の枠には、GitHub創業者Nat Friedman(225万ドル)、Elon Musk財団(208.4万ドル)、Alex Gerko(45万ドル)、Joseph Jacks(25万ドル)、Daniel Gross(22.5万ドル)が並ぶ。/prizesページに埋め込まれた構造化データ(schema.org)によれば、Vesuvius Challengeの共同創業者(founder)としてNat Friedman・Daniel Gross・Brent Seales(前述の2015年virtual unwrapping技術を確立した研究者)の3名が明記されており、Daniel Grossは資金提供者であると同時に共同創業者でもある。運営チームには、技術面のリード(Giorgio Angelotti氏ら)に加えて、ナポリ・フェデリコ2世大学やテュービンゲン大学など複数の大学からパピルス学(papyrology)の専門家チームが参加しており、AIが検出したインクの跡を実際に古代ギリシャ語の文章として解読・確認する役割を担っている。AIだけで完結するプロジェクトではなく、コンピュータビジョンの専門家と古典文献学の専門家が組んで初めて「読む」ところまでたどり着く体制になっている。

プレプリント本文・GitHubコードまでは読んでいない

  • 本記事は公式サイト(scrollprize.org)のトップページ・課題説明ページ・年表・スポンサー一覧・Open Prizesページ・Winnersページに加え、専用ページ「An entire Herculaneum scroll has been read for the first time」、Vesuvius Challenge Substackの個別記事を2026年8月31日にcurlで取得した内容にもとづく
  • 日本語圏でのカバー状況は今回のリサーチ時点でBing検索が劣化しており確認できておらず、本記事でも断定していない
  • 3巻物の解読・検証について、専用ページの記述レベルでは確認できたが、同ページがリンクしているプレプリント本文(PDF・arXiv)とGitHub上のコードは、本記事では読み込んでいない。「どのモデル・手法が決め手になったか」という技術的な核心部分は、査読前論文の本文にあるはずで、この記事はそこまで踏み込んでいない
  • 「$60,000 First Title Prize Awarded」というニュース欄の見出しは、Winnersページ・Substack記事の突合により、PHerc. 172のタイトル発見(2025年5月・Marcel Roth氏とMicha Nowak氏)に対するものと確認できた。PHerc. 139のタイトル特定や2026年6月の3巻発表とは無関係
  • PHerc. 1667の翻訳抜粋は、専用ページに掲載されている英訳を当サイトが日本語に訳したもので、ギリシャ語原文と英訳の対応そのものは検証していない

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