日本のAI法に罰則はあるのか──条文を全28条+附則まで数えて確認した
2025年6月4日公布、9月1日全面施行の「AI法」を条文レベルで確認すると、勧告・命令・罰則にあたる条項は一つもない。国・活用事業者の「責務」を定める推進法であり、唯一の実効的な仕組みは2025年12月19日に決定された『適正性確保に関する指針』という非拘束のガイドラインにとどまる。

目次
3行まとめ
- 日本の「AI法」(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は2025年6月4日に公布、9月1日に全面施行された。e-Gov法令検索のデータで全28条+附則を確認したところ、勧告・命令・罰則・報告徴収・立入検査にあたる条項は一つも存在しない。
- 法律の第一条(目的)は「研究開発及び活用の推進に関する施策」を定める法律だと明記しており、性格としてはEU AI法のような規制法ではなく、国・地方公共団体・研究開発機関・活用事業者・国民それぞれの「責務」を定める推進法(プロモーション法)にとどまる。
- 唯一「適正性の確保」を定める第十三条は「国は……指針の整備その他の必要な施策を講ずる」という努力義務規定で、これを受けた実際のガイドライン「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」は2025年12月19日に人工知能戦略本部の決定として策定された(法的拘束力を持つ命令ではない)。
「AI法」という呼び方の中身
内閣府のAI戦略ページによれば、正式名称は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」で、通称「AI法」と呼ばれる。同ページは「生成AIをはじめとするAI技術の発展は、国民生活の向上及び国民経済の発展に寄与する一方、国内のAI開発・活用は遅れており、また、多くの国民がAIにより発生するリスクに不安を抱えている状況」を背景に、「AIのイノベーションを促進しつつ、リスクに対応するため」制定されたと説明する。2025年6月4日に公布・一部施行され、9月1日にはAI戦略本部の設置に係る規定等も含め、全面施行されたとしている。
この「AI法」という通称から、EU AI Actのようなリスクベースの規制法をイメージしてしまいやすいが、条文を実際に確認すると性格はかなり異なる。
条文を数えてみる
e-Gov法令検索のAPI(law_id: 507AC0000000053)から取得した法令本文データで、本則の全条文(第一条〜第二十八条)の見出し(条見出し)を確認すると、次のように並んでいる。
第一条(目的)、第二条(定義)、第三条(基本理念)、第四条(国の責務)、第五条(地方公共団体の責務)、第六条(研究開発機関の責務等)、第七条(活用事業者の責務)、第八条(国民の責務)、第九条(連携の強化)、第十条(法制上の措置等)、第十一条(研究開発の推進等)、第十二条(施設及び設備等の整備及び共用の促進)、第十三条(適正性の確保)、第十四条(人材の確保等)、第十五条(教育の振興等)、第十六条(調査研究等)、第十七条(国際協力)、第十八条(人工知能基本計画の策定。条見出しなし)、第十九条(設置=人工知能戦略本部の設置)、第二十条(所掌事務)、第二十一条(組織)、第二十二条(人工知能戦略本部長)、第二十三条(人工知能戦略副本部長)、第二十四条(人工知能戦略本部員)、第二十五条(資料の提出その他の協力)、第二十六条(事務)、第二十七条(主任の大臣)、第二十八条(政令への委任)、附則第一条(施行期日)、附則第二条(検討)。
この28条+附則2条をすべて見ても、「勧告」「命令」「罰則」「報告徴収」「立入検査」「認定」「取消し」といった、行政による強制力を伴う条項は一つも存在しない。第一条(目的)は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策について……基本的な計画の策定その他の施策の基本となる事項を定める」法律だと明記しており、条文の構成自体が終始「〇〇の責務」「〇〇の推進」「〇〇の確保」という努力義務・方針規定の積み重ねになっている。
「活用事業者の責務」と「適正性の確保」の実際の文言
事業者に最も関係が深いと思われる第七条(活用事業者の責務)は、次のように定めている。
「人工知能関連技術を活用した製品又はサービスの開発又は提供をしようとする者その他の人工知能関連技術を事業活動において活用しようとする者(以下「活用事業者」という。)は、基本理念にのっとり、自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない。」
「協力しなければならない」という文言はあるものの、これに違反した場合の罰則や行政処分は法律のどこにも規定されていない。
「適正性の確保」を掲げる第十三条も、次の通り努力義務にとどまる。
「国は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正な実施を図るため、国際的な規範の趣旨に即した指針の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。」
主語は「国」であり、事業者に対して直接何かを義務付ける規定ではない。国が「指針を整備する」という約束にとどまる。
全面施行後、実際に何が起きたか
この第十三条を受けて実際に策定されたのが「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」だ。内閣府の公式ページによると、この指針は2025年12月5日から11日にかけて意見募集(パブリックコメント)が行われ、2025年12月19日付で人工知能戦略本部の決定として正式に策定された。全面施行(2025年9月1日)から約3か月半後のことになる。
ただし、これは「指針(ガイドライン)」であり、法律の中に規定された勧告・命令・罰則のような強制力を伴う仕組みではない。同じ内閣府ページには、AI関連の府省庁ガイドライン一覧(総務省・経済産業省・文部科学省など各省庁が策定した計17件のガイドライン)や、広島AIプロセス報告枠組み(HAIP)・ISO/IEC 42001・OECDのAI勧告といった国際的な規範の一覧も掲載されており、日本のAI政策は現時点で「法律による強制」ではなく「多数のガイドラインの積み重ね」によって運用されていることがうかがえる。
指針本文で確認できた10の要素と4つの基本方針
「指針本文のPDFは読み込んでいない」という限界を残していたため、ai_gl_2025.pdf(内閣府、令和7年12月19日・人工知能戦略本部決定、全9ページ)をcurlで取得し、冒頭部分を確認した。
指針は、2019年3月29日に統合イノベーション戦略推進会議が決定した「人間中心のAI社会原則」の理念を踏まえ、全主体が考慮すべき要素として次の10項目を挙げている。
| 要素 | 指針が示す趣旨(要約) |
|---|---|
| 人間中心 | 人間の尊厳・基本的人権の尊重、法令遵守。AIの活用範囲・条件は人間が最終判断する |
| 公平性 | AI活用による不当な偏見・差別の助長を防ぐ |
| 安全性 | AI活用によって生命・身体・財産等に危害を及ぼさない |
| 透明性 | 必要かつ技術的に可能な範囲での情報開示、事後的な検証可能性の確保 |
| アカウンタビリティ | 責任の所在の明確化、責任を果たす仕組みの構築 |
| セキュリティ | 不正操作によるAIの意図しない動作・停止等のリスクを低減 |
| プライバシー・個人情報 | データの重要性に応じた保護、個人情報保護法等の遵守 |
| 公正競争 | 特定主体へのAI資源集中による不公正な取引の防止 |
| AIリテラシー | リスクの社会的受容水準が変わりうることを認識し、知識・能力・倫理観を保持 |
| イノベーション | 持続可能性を確保しつつ、社会課題解決に資する技術開発に取り組む |
さらに指針は、これらを踏まえた「適正性確保のための基本方針」として、①リスクベースでのアプローチ(AIがもたらすリスクを特定・評価し、分野や目的に応じた対策を講じる)、②ステークホルダーの積極的な関与、③一気通貫でのAIガバナンスの構築(研究開発から社会実装までを一体的に捉える)、④アジャイルな対応(PDCAサイクルを回しながら柔軟・迅速にガバナンスの成熟度を高める)の4点を挙げている。いずれも「〜すること」「〜図る」という努力目標・方針の記述であり、本編で確認した法律本体と同様、罰則や強制力を伴う規定はこの指針本文の冒頭部分(1〜4ページ)にも見当たらなかった。
指針本文の脚注には、広島AIプロセスの現況についての言及もあった。「広島AIプロセス・フレンズグループ」には2025年12月時点で60の国・地域が参加し、「報告枠組み」には同時点で24組織が回答を提出している、という記述だ。この数字は、別記事で確認した総務省サイトの記載(2025年4月時点で19組織、2025年6月までに20組織、2026年5月1日時点で25組織)とほぼ整合する時系列上の1点として読める。
附則が示す「今後」
附則第二条(検討)は次のように定めている。
「政府は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する諸施策についての国際的動向その他の社会経済情勢の変化を勘案しつつ、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」
つまり、将来的に国際動向や社会経済情勢の変化を踏まえて法律の見直しが行われる可能性は条文上残されているが、これは「見直しを検討する」という規定であって、いつまでに・どのような見直しを行うかの具体的な期限や方向性(罰則を追加するかどうかを含めて)は、条文上何も定められていない。
指針本文のPDFは読み込んでいない
- 本記事はe-Gov法令検索のAPI(law_id: 507AC0000000053)から取得した法令本文データと、内閣府AI戦略ページの記述を2026年8月27日にcurlで取得した内容にもとづく。条文の見出し・条文本文は機械的に抽出したものであり、法律の解釈・運用に関する専門的な評価(弁護士等による見解)は含んでいない
- 「勧告・命令・罰則にあたる条項がない」という記述は、本則第一条〜第二十八条および附則第一条・第二条の条見出しと条文本文を確認した範囲での事実であり、政省令(施行令・施行規則)まで含めて確認したものではない。政省令のレベルで何らかの実効性のある規定が存在する可能性は、本記事の調査範囲では排除できていない
- 「適正性確保に関する指針」の本文(全9ページ、PDF形式)は、この記事のために冒頭部分(目次〜「適正性確保のための基本方針」まで、1〜4ページ)を
curlで取得・確認した。指針にはこの後「2 研究開発機関及び活用事業者が特に取り組むべき事項」「3 国及び地方公共団体が特に取り組むべき事項」「4 国民が特に取り組むべき事項」という各主体向けの節(5〜9ページ)が続くが、そこまでは今回読み込んでいない
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