AIの性能向上は本当に鈍化しているか──Epoch AIの実測データで確認する
非営利調査団体Epoch AIのダッシュボードによると、モデル性能指標「ECI」は2024年4月頃から伸びが加速し、年間+15.5ポイントに達した。学習計算量は2020年以降5.2ヶ月ごとに倍増、AIチップの計算資源ストックも6.8ヶ月ごとに倍増と、いずれも鈍化ではなく高い伸び率を保っている。epoch.aiの原文で確認する。

目次
「AIのスケーリング則はもう限界に近づいている」という言説を、SNSやニュース記事で見かけることがある。この主張の当否を検証するために、AI動向を定量的に追跡している非営利調査団体Epoch AIの公開データを確認した。
3行まとめ
- Epoch AIの独自指標「ECI(Epoch Capabilities Index)」は、2024年4月頃から伸びが加速し、最先端モデルは年間+15.5ポイントのペースで改善している。
- フロンティア言語モデルの学習計算量は2020年以降、年5倍・5.2ヶ月ごとに倍増するペースで伸び続けている。
- AIチップの計算資源ストック全体も年3.4倍・6.8ヶ月ごとに倍増しており、いずれの指標も「鈍化」ではなく、むしろ2024年以降に加速したことを示している。
ECIとは何を測る指標か
epoch.ai/trendsを直接取得して確認した。ECI(Epoch Capabilities Index)は、複数のベンチマーク評価を横断してモデルの能力を1つの指標に集約し、長期的な能力トレンドを分析できるようにしたものだ。本文中の記載をそのまま引用する。
"Model capabilities have grown faster since early 2024. The Epoch Capabilities Index tracks model capabilities across a range of evaluations, enabling analysis of long-term capabilities trends. ECI shows an increase in the pace of progress around April 2024, with state-of-the-art models improving by 15.5 points per year—about as much as the jump..."
(訳)「モデルの能力は2024年初頭以降、より速く成長している。Epoch Capabilities Indexは複数の評価を横断してモデルの能力を追跡し、長期的な能力トレンドの分析を可能にする。ECIは2024年4月頃に進歩のペースが加速したことを示しており、最先端モデルは年間15.5ポイントのペースで改善している——これは(GPT-4からo1への飛躍に匹敵する規模)」
「15.5ポイント」という数字自体の単位(ECIの満点や分布の幅)についての詳細な説明は、今回確認したページの範囲では見当たらなかった。ただし、文の趣旨自体は明確で、2024年4月前後を境に、モデル能力の向上ペースが速まった、という主張だ。
学習計算量・計算資源ストックの実測値
同じページには、複数の技術トレンドの実測データが並んでいる。特に計算資源に関わる2つの指標を、本文から直接引用する。
"Training compute for frontier language models has been doubling every 5.2 months since 2020."
(訳)「フロンティア言語モデルの学習計算量は、2020年以降5.2ヶ月ごとに倍増している」
"The total computing power of the stock of AI chips is doubling every 6.8 months."
(訳)「AIチップのストック全体の計算能力は、6.8ヶ月ごとに倍増している」
これらの数字は、年率に換算するとそれぞれ「学習計算量は年5倍」「AIチップ計算資源は年3.4倍」に相当する(ページ本文中に年率換算値も併記されている)。いずれも、ここ数年で伸び率が鈍化したことを示す記述は、今回確認した範囲では見当たらなかった。
同ページには他の指標も掲載されている。事前学習の計算効率は「約7.6ヶ月ごとに倍増(年3.0倍)」、学習コストは「約7ヶ月ごとに倍増(年3.5倍)」、LLMのコンテキストウィンドウは2023年以降「2.4ヶ月ごとに倍増(年30倍)」という記載も確認できた。
実際どのモデルが学習計算量トップなのか──公開データセットで確認する
「学習計算量が伸び続けている」という主張を、個別モデルの実測値で裏取りするため、Epoch AIが同じサイト内で公開している別のデータセット「Notable AI Models」も確認した。このデータセットはepoch.ai/data/notable-ai-modelsのページ本文(構造化データ)に説明があり、「800以上の、SOTAか高被引用か歴史的に重要なAIモデルを収録し、300件以上の学習計算量推定値を含む」(原文: "containing over 800 models that are state of the art, highly cited, or otherwise historically notable... includes over 300 training compute estimates")とされている。ページからはCSV形式のデータベース本体(epoch.ai/data/epochdb/notable_ai_models.csv)が直接ダウンロードでき、curlで取得して2025年以降に公開されたモデルを学習計算量順に並べ替えると、次のようになった。
| モデル | 開発元 | 公開日 | 学習計算量(推定FLOP) | Epoch AIの確信度ラベル |
|---|---|---|---|---|
| Grok 4 | xAI | 2025-07-09 | 約5.0×10²⁶ | Speculative(推測) |
| GPT-4.5 | OpenAI | 2025-02-27 | 約3.8×10²⁶ | Likely(確度高) |
| Grok 3 | xAI | 2025-02-17 | 約3.5×10²⁶ | Speculative(推測) |
| GPT-5 | OpenAI | 2025-08-07 | 約6.6×10²⁵ | Speculative(推測) |
| Llama 4 Behemoth(preview) | Meta AI | 2025-04-05 | 約5.2×10²⁵ | ― |
| Composer 2.5 | Cursor | 2026-05-18 | 約3.9×10²⁵ | Likely(確度高) |
| Claude 3.7 Sonnet | Anthropic | 2025-02-24 | 約3.35×10²⁵ | ― |
| Kimi K3 | Moonshot | 2026-07-16 | 約2.0×10²⁵ | Speculative(推測) |
(データセット本体をcurlで取得し、Pythonで学習計算量降順に並べ替えて確認。表の数値はCSV中の"Training compute (FLOP)"列の値。)
このデータからも、2025〜2026年にかけて学習計算量が10²⁵〜10²⁶ FLOP台のモデルが複数の開発元(xAI、OpenAI、Meta、Cursor、Anthropic、Moonshot)から継続的に登場していることが確認でき、Epoch AIのトレンドダッシュボードが示す「5.2ヶ月ごとに倍増」という傾向と整合する個別事例になっている。
ただし注意点もある。このCSVには"Confidence"(確信度)という列があり、上位モデルの多くは"Speculative"(推測)または"Likely"(確度が高いが未確認)というラベルが付いている。この確信度ラベルの定義自体は、Epoch AIのドキュメントページ「AI Models Documentation: Records」に記載がある。原文を要約すると次の通り。
| ラベル | 定義(要約) | 記事内の実例 |
|---|---|---|
| Confident(確信) | ラボが技術論文等で「H100を3万台、45日間学習に使った」のような具体的な技術詳細を開示している場合。Deepseek v3がこの区分 | ― |
| Likely(確度高) | 手法はConfidentと同様だが、入力情報の信頼性がやや劣る(詳細なリーク・エンジニアのポッドキャスト発言・データセンター規模の追跡など)。Grok 3がこの区分 | GPT-4.5、Composer 2.5 |
| Speculative(推測) | 類似能力を持つ他モデルの学習計算量から類推するなど、参考にはなるが確信は持てない手法に基づく最善の推測。GPT-4oがこの区分の例 | Grok 4、Grok 3、GPT-5、Kimi K3 |
(出典:Epoch AI「AI Models Documentation: Records」の"Confidence"欄の定義。同ページによれば全3,593モデル中、Confidentが95%・3,397モデルを占める一方、上位の学習計算量ランキングにはSpeculative・Likelyが集中している。)
つまりこれらの学習計算量の数字は、開発元が公式に開示した値ではなく、Epoch AI側の推定値であるものが大半だ。これは元記事の主張を否定するものではないが、個々の数字の精度には幅があることは明記しておく。なお、ドキュメントページ「Overview」によれば、Notable AI Models(800件超)は全体データセットの一部にすぎず、Epoch AIのAI Modelsデータセット全体は「2,000件を超える機械学習モデル」を収録しているとされている("It includes over two thousand machine learning models")。
「スケーリングは頭打ち」論の側は、どこにあるのか
今回の調査で確認できたのは、Epoch AI側の実測データのみだ。「スケーリング則が限界に近づいている」という言説自体の一次ソース(誰が、いつ、どのようなデータに基づいてそう主張しているか)は、今回の調査範囲では特定できなかった。したがってこの記事は、「鈍化論への反証」として断定的に位置づけるものではなく、少なくともEpoch AIが公開しているダッシュボード上の複数の指標には、2026年8月時点で鈍化を示すものが見当たらなかった、という限定的な事実確認にとどまる。
ARC Prize財団の公式サイト(arcprize.org、curlで直接取得し原文を確認)トップページには「While AI has made tremendous progress, ARC-AGI shows us scaling alone will not reach AGI.(AIは大きく進歩したが、ARC-AGIはスケーリングだけではAGIに届かないことを示している)」という文言がそのまま掲載されている。同じページには「New ideas still needed for AGI.(AGIにはまだ新しいアイデアが必要)」という見出しも並ぶ。これは「計算資源の投入量が伸びていない」という主張ではなく、「計算資源を投入し続けるだけでは、ARC-AGIが測る種類の新規推論能力には到達しない」という、スケーリングの効果の"範囲"についての限定であり、Epoch AIが示す計算資源トレンドの実測値と矛盾するものではない。
「スケーリングは頭打ち」の一次ソースは特定できなかった
- ECIの算出方法(どのベンチマークをどう重み付けしているか)の詳細は、この記事では扱っていない。 今回確認したのはダッシュボードのサマリー的な記述にとどまる。
- 「スケーリングは頭打ち」という主張の一次ソースは、今回の調査でも特定できなかった。 この言説自体がどの程度広く・具体的に主張されているものかは未確認。
- Epoch AIという団体自体の運営体制・資金源についての詳細は、この記事の調査範囲外。
- 今回引用した数字(ECI年+15.5ポイント、学習計算量5.2ヶ月ダブリング等)が、2026年8月27日時点でどの範囲のデータまでを反映しているか(更新頻度)は、ページ本文からは明確に読み取れなかった。
- 「Notable AI Models」データセットの学習計算量は、上位モデルの多くが"Speculative"(推測)または"Likely"(確度が高いが未確認)ラベル付き。 開発元の公式発表値ではなく、Epoch AI側の外部推定であることに注意が必要。推定方法の詳細(
epoch.ai/data/ai-models-documentationで言及されている)は、この記事では確認していない。
出典・確認した一次情報
- Epoch AI, "Trends"(
epoch.ai/trends)。curlで直接取得し、ECIの年+15.5ポイント、学習計算量5.2ヶ月ダブリング、AIチップ計算資源6.8ヶ月ダブリングの各記述を本文中で確認。 - Epoch AI, "Notable AI Models"(
epoch.ai/data/notable-ai-models)。ページの構造化データで「800以上のモデル・300以上の学習計算量推定」という説明を確認し、配布CSV(epoch.ai/data/epochdb/notable_ai_models.csv)をcurlで取得。2025年以降のモデルを学習計算量で並べ替え、上位モデルと確信度ラベルを本文の表に反映。
URLは2026年8月27日にcurl -A "Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_15_7)"で直接取得・確認した。
出典・参照資料
- 一次資料Epoch AI, 'Trends'(データダッシュボード) ↗
- 一次資料Epoch AI, 'Notable AI Models'(データセット本体・CSV配布あり) ↗
- 一次資料Epoch AI, Notable AI Modelsデータセット本体CSV(notable_ai_models.csv) ↗
- 一次資料Epoch AI, 'AI Models Documentation: Records'(Confidenceラベルの定義ページ) ↗
- 一次資料Epoch AI, 'AI Models Documentation: Overview'(データセット全体の範囲説明) ↗
- 二次資料ARC Prize Foundation公式サイト('scaling alone will not reach AGI'の原文掲載箇所) ↗
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