「最高AI責任者」はもう実在する──自治体・オフィス家具・引越業、2026年の3つの実例
福岡県直方市は市長自らがCAIO(最高AI責任者)となる体制を構築し、2026年5月18日にAI専門家をCAIO補佐官として委嘱した。イトーキは同年7月1日、外資系SaaS出身の竹内尚志氏を常務執行役員CAIOに任命。引越業の株式会社アップルは2026年5月、CAIO就任3か月で月間約320時間の定型業務を自動化したと発表した。デジタル庁自身の発表文書は、各府省庁に求める取り組みの一つとして「AI統括責任者(CAIO)によるガバナンス・統括監理」を明記している。

目次
3行まとめ
- 福岡県直方市は市長自らがCAIO(AI統括責任者)となる体制を構築(プレスリリース公開は2026年5月7日)。5月18日にはAI専門家の森戸裕一氏をCAIO補佐官として委嘱した
- イトーキは2026年7月1日、日本オラクル出身の竹内尚志氏を常務執行役員に昇任させ、同日付でCAIO(Chief AI Officer)に任命。引越業の株式会社アップルも2026年5月にCAIO谷和俊氏を迎え、就任3か月で月あたり約320時間(約2人月分)の定型業務を自動化したと発表した
- デジタル庁自身の発表文書(2026年3月6日)は、生成AIの大規模実証にあたり各府省庁が推進すべき取り組みの一つとして「AI統括責任者(CAIO:Chief AI Officer)によるガバナンス・統括監理」を明記しており、直方市のプレスリリースが言及する国の動きの原文にあたる
「最高AI責任者(CAIO)」という肩書は、まだ多くの人にとって聞き慣れないものだろう。だが2026年、実際にこの肩書を持つ人物が、自治体・オフィス家具メーカー・引越業という異なる領域で相次いで誕生している。福岡県直方市、イトーキ、株式会社アップル(引越業)の3つの実例と、その背景にあるデジタル庁自身の政策文書を、それぞれの一次発表から確認する。
直方市:市長自らがCAIOに
直方市がPR TIMES経由で2026年5月7日付で公開したプレスリリースは、CAIO体制構築の経緯をこう説明している。
国においてはデジタル庁から各府省庁に対してAI統括責任者(Chief AI Officer=CAIO)の新設が明確に求められるなど、国家レベルでのガバナンス構築が急速に進んでいます。こうした国の動きを踏まえ、この度、本市においても市長自らがCAIO(AI統括責任者)となり、全庁一丸でAIを活用した地方創生の実現に取り組む体制を構築しました。
つまり直方市の場合、CAIOは新しく人を採用するポジションではなく、市長自身が兼務する役割として位置づけられている。その上で、専門的知見からトップダウンの意思決定と現場の推進を後押しする存在として、ナレッジネットワーク株式会社代表取締役社長でサイバー大学教授の森戸裕一氏を「CAIO補佐官」に委嘱した。委嘱式は2026年5月18日、直方市役所で行われた。森戸氏は総務省地域情報化アドバイザー、デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師なども務め、直方市のCIO(最高情報責任者)補佐官も既に担っていた人物だという。
直方市のプレスリリースが言及する「国の動き」の原文は、デジタル庁が2026年3月6日に公開した発表文書で確認できる。全府省庁の約18万人を対象とした生成AI基盤「源内」の大規模実証(2026年5月〜2027年3月)を発表したこの文書には、次の一文がある。
各府省庁においては、生成AIの利活用促進とガバナンス強化のための組織的な取組体制を構築し、(1)職員への周知啓発と意識改革、(2)生成AI調達・利活用ガイドラインに基づく対応、(3)AI統括責任者(CAIO:Chief AI Officer)によるガバナンス・統括監理を大規模実証に際して推進することになります。
つまり、各府省庁でのCAIO設置は「デジタル庁が各省庁に求めている」という伝聞ではなく、デジタル庁自身の発表文書に明記された3本柱の1つだと確認できる。直方市の場合はこれが自治体レベルにも波及した形で、市長自らがCAIOを名乗る決定につながったと読める。なお本メディアで別途扱った日本政府AI基盤「Gennai」の記事も、同じ文書を扱っている。
プレスリリースに記載された森戸氏のプロフィールは、ナレッジネットワーク株式会社代表取締役社長、一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会代表理事、シェアリングシティ推進協議会代表、名古屋大学客員教授、熊本大学客員教授など複数の肩書を併記しており、特定の一自治体に閉じない全国規模でのDX支援実績を持つ人物として紹介されている。直方市は今回のCAIO補佐官委嘱を「AI活用による地域課題解決と業務変革を強力に推進」する取り組みと位置づけている。
イトーキ:社内DX責任者を昇格させた常務執行役員CAIO
一方、オフィス家具大手のイトーキは、直方市とは異なるアプローチを取った。同社が2026年7月1日付で公開したプレスリリースはこう発表している。
株式会社イトーキ(本社:東京都中央区、代表取締役社長:湊 宏司)は、AIを経営の中核に据えた変革を加速するため、最高AI責任者「CAIO(Chief AI Officer)」を新設し、2026年7月1日付で常務執行役員に昇任する竹内 尚志が同日に就任したことをお知らせします。
竹内氏は日本オラクルなど外資系企業で20年以上エンタープライズSaaSに携わってきた人物で、直近はDX本部長を務めていた。プレスリリースはCAIO新設の背景として、2026年1月に「AIを経営の中核に据える」方針を掲げたこと、基幹システムをクラウドERPへ刷新しデータ基盤の整備が進んだことを挙げている。
CAIOが担う役割として、プレスリリースは以下を列挙している。
- 全社AI戦略の策定・推進
- AI活用基盤およびデータ活用基盤の整備
- AIガバナンス、セキュリティ、利用ルールの整備
- 社内業務への生成AI・SaaSネイティブAIの実装
- AI人材の育成およびAI活用文化の醸成
- 各部門におけるAI活用テーマの創出・実行支援
- 社内で得られたAI活用知見の全社展開
見出しには「100名超のエンジニアをAI人材へ育成」ともあり、単なる肩書の新設にとどまらず、具体的な人材育成の数値目標を伴う体制であることがうかがえる。
プレスリリースに掲載された竹内氏のプロフィールによれば、同氏は日本オラクルなど外資系企業でエンタープライズSaaSに20年以上携わった後、2023年10月にイトーキのDX推進本部DX統括部長として執行役員に就任。その後、常務執行役員DX本部長として基幹システム・ITインフラ刷新、全社データ活用基盤の整備、業務プロセス変革を推進し、2026年7月にCAIOへ就任している。つまり「外部からCAIOとして招聘された」のではなく、「社内でDX推進の実務を約3年積み上げた人物が、その延長線上でCAIOという肩書を得た」という経緯だ。この点は、いきなり外部から「AI専門家」を招くのではなく、社内のDX実務責任者を昇格させる形でCAIOを新設したという、もう一つの実例としても読める。
引越業のアップル:就任3か月で月320時間を自動化
3つ目の実例は、業種がまったく異なる。中堅の引越し専業社・株式会社アップル(東京都中央区、引越しブランド「アップル引越センター」)が2026年8月26日付で公開したプレスリリースはこう発表している。
アップル引越センター(株式会社アップル、東京都中央区、代表取締役・文字放想(もんじゆきお)。以下、アップル)は、経営を統括する社長室直下に CAIO(Chief AI Officer/最高AI責任者) を新設し、全社的な AX(AIトランスフォーメーション) を本格始動しました。CAIOには、AI事業の立ち上げやAIを活用した業務のシステム化に携わってきた谷 和俊(たに かずとし)が2026年5月に就任。
プレスリリースが「引越業界で異例」と位置づける通り、労働集約型産業である引越業でのCAIO設置は珍しい事例だという。谷氏はITベンチャーの創業メンバーとしてAIソリューションを立ち上げた経験を持ち、2026年5月にアップルへ参画。CAIOとして社長室直下でAI戦略を統括している。
このプレスリリースが直方市・イトーキの発表と異なるのは、就任後の具体的な成果指標まで公開している点だ。
CAIO就任後、外注に頼らず社内で自動化ツールを内製・実装。(中略)就任3か月で月あたり約320時間を自動化
営業・経理・バックオフィスの定型業務を対象に、就任からの約3か月で月あたり約2人月分(約320時間)の省力化を実現したとしている。「1件あたり5分かかっていた案件登録」のような細かい定型作業を、追加採用ではなく既存業務の自動化によって削減した、という内容だ。同社は元Uber Japan代表・塩濱剛治氏を社外取締役に迎えて以前からDXを推進してきた経緯があり、今回のCAIO設置はその延長線上にあると位置づけている。
3つの実例が示す「CAIOの型」
直方市・イトーキ・アップルの3つの実例を比べると、CAIOという肩書には少なくとも2つの異なる任命の型があることがわかる。
| 組織 | 発表日 | CAIO / 補佐官 | 任命の型 | 就任前の経歴 | 成果指標の公開 |
|---|---|---|---|---|---|
| 福岡県直方市 | 2026年5月7日(補佐官委嘱式は5月18日) | 森戸裕一氏(CAIO補佐官。CAIO自体は市長が兼務) | 既存トップが兼務+外部専門家が補佐 | サイバー大学教授、総務省地域情報化アドバイザー等、複数自治体でのDX支援実績 | なし(体制構築の発表のみ) |
| イトーキ | 2026年7月1日 | 竹内尚志氏 | 社内の実務責任者を専任役員に昇格 | 日本オラクル等でSaaS営業20年超、2023年10月からイトーキDX推進本部で執行役員 | なし(就任からまだ日が浅い) |
| 株式会社アップル(引越業) | 2026年8月26日(就任は5月) | 谷和俊氏 | 外部からの専門人材招聘 | ITベンチャー創業メンバーとしてAIソリューションを立ち上げ | あり:就任3か月で月あたり約320時間(約2人月分)の定型業務を自動化 |
1つは直方市のように「既存のトップ(市長)が兼務し、外部専門家が補佐する」型。もう1つはイトーキ・アップルのように「専任の役員・責任者としてCAIOを新設する」型で、後者はさらに「社内の実務責任者を昇格させる」(イトーキ)か「外部からAI活用の実務経験者を招く」(アップル)かに分かれる。どちらが主流かという定量的な比較は今回の調査範囲ではできていないが、自治体・オフィス家具・引越業という異なる業種で、少なくとも3通りの任命パターンが2026年時点の日本で実際に採用されていることは確認できた。
確認できたのは3件のみで、成果を定量公開しているのは1件だけ
- 「CAIO」を新設した自治体・企業の全体件数は把握しておらず、本記事はPR TIMESの検索で確認できた3つの実例(直方市・イトーキ・アップル)の紹介にとどまる。他にも実例がある可能性は高い
- 直方市のCAIO体制について、市長個人の氏名(大塚進弘氏)は同社の会社概要ページの代表者名から確認したが、プレスリリース本文で「市長=CAIO」と明記した一次資料の該当箇所には市長の氏名そのものは明記されていなかった
- イトーキのCAIOが実際にどのような施策を実行し、どのような成果を上げたかは、就任からまだ日が浅く(2026年7月)本記事の時点では確認できていない
- アップルが公表した「月あたり約320時間の自動化」という数字は、同社のプレスリリース内の自己申告であり、第三者による検証や算出方法の詳細(自動化前後の作業時間をどう計測したか等)は本記事では確認できていない
- 磐梯町(福島県)も2025年9月にCAIOを設置したという情報を確認したが、公式サイトのトップページと組織ページを直接curlした範囲では「CAIO」「AI」に関する記載を見つけられず、本記事では一次資料による裏付けができなかったため内容には含めていない
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