AIで思考力は落ちるのか──MIT・Microsoft・Whartonの研究を一次資料で確認した
MITメディアラボの実験ではChatGPTでエッセイを書いた参加者の16.7%しか自分の文章を正確に引用できなかった(ツールなし群は88.9%)。一方Whartonの1,000人規模の実験は、同じAIでも「答えを教える」使い方と「ヒントだけ出す」使い方で試験結果が真逆になることを示した。4本の研究を一次資料まで遡って確認した。

目次
2026年8月27日時点で確認できた内容を先に書く。「AIを使うと思考力が落ちる」という主張は、複数の独立した研究がそれぞれ別の角度からデータを出している。MITメディアラボの実験は、ChatGPTでエッセイを書いた参加者の自己引用の正確さが著しく低いことを示した。Wharton大学などの研究チームが約1,000人の高校生を対象に行った実験では、同じAIでも使い方次第で試験結果が逆方向に動くことを確認している。この記事は2026年6月19日に公開した動画「AIを使うほどバカになる?|2400年前から繰り返される恐怖の正体」の内容を、公開後にあらためて各研究の原論文・公式発表まで遡って確認したものだ。
3行まとめ
- MITメディアラボの実験(54人、EEG計測)で、ChatGPTでエッセイを書いた群は自分の文章を正しく引用できた割合が16.7%(3/18)、AIなし・検索エンジン群は88.9%(16/18)だった
- Wharton大学など5名の研究者による約1,000人のトルコの高校生対象実験で、AIに答えを教えさせた群は練習中48%成績が上がったがAIなし試験では対照群より17%成績が下がった。ヒントだけ出す「AI家庭教師」群は127%上がった上に試験でも対照群と同水準だった
- Microsoft Research(319人の知識労働者調査、CHI 2025)では、AIへの信頼度が高い人ほど批判的思考が弱く、自分自身への信頼度が高い人ほど批判的思考が強いという相関が確認された
| 研究 | 対象規模 | 主な結果 |
|---|---|---|
| MITメディアラボ(Kosmyna et al., 2025) | 54人(EEG計測) | ChatGPT群の自己引用正答率16.7%、AIなし・検索群88.9% |
| Gerlich(Societies誌, 2025) | 666人(+ インタビュー50人) | AI利用頻度が高いほど批判的思考スコアが低い相関。若年層で傾向が強い |
| Microsoft Research(Lee et al., CHI 2025) | 319人の知識労働者 | AIへの信頼度↑批判的思考↓、自己信頼度↑批判的思考↑。知識72%・分析72%・統合76%が「AIで負荷が減った」と回答 |
| Wharton/Penn(Bastani et al.) | 高校生 約1,000人(トルコ) | AI丸投げ群: 練習+48%→試験−17%。AI家庭教師群: 練習+127%→試験は対照群と同水準 |
「自分で書いた文章を思い出せない」という実験結果
MITメディアラボのNataliya Kosmyna氏らが2025年に発表した論文「Your Brain on ChatGPT」は、54人の参加者を「ChatGPT使用」「検索エンジン使用」「ツールなし(Brain-only)」の3グループに分け、それぞれ小論文を書かせながらEEG(脳波)で脳活動を計測した実験だ。論文は216ページ・図表102点という規模で、arXivに全文が公開されている。
論文のセッション1のデータでは、「自分のエッセイから何か引用できるか」という質問に対し、ChatGPT群は18人中15人(83.3%)が正確な引用を提供できなかった。裏を返すと正答できたのは16.7%(3/18)。一方、検索エンジン群とツールなし群はどちらも失敗した人が18人中2人(11.1%)にとどまり、正答率は88.9%だった。統計的にもChatGPT群と他の2群の差は有意(p<.001)とされている。論文はこの結果について「LLMへの依存が、正確な引用の想起を著しく損なった」とまとめている。
EEGの結果では、ツールなし群が最も強く分散した脳内ネットワークを示し、検索エンジン群は中程度、ChatGPT群が最も弱い接続性を示したという。著者らはこの現象を「認知的負債(cognitive debt)」と呼んでいる。
「頼っている」人ほど批判的思考が弱いという相関
スイスのSBSビジネススクールのMichael Gerlich氏が2025年にSocieties誌に発表した論文「AI Tools in Society」は、666人を対象にした調査と50人への追加インタビューを組み合わせた研究だ。AIツールの利用頻度、認知オフローディング(考える作業をAIに委ねる傾向)、批判的思考力のスコアの関係を分析している。
結果は、AIツールを頻繁に使う人ほど批判的思考のスコアが低いという相関が見られ、この関係は「認知オフローディング」という媒介変数を通じて説明されるとGerlich氏は報告している。50人への半構造化インタビューでは、特に17〜25歳の年齢層でAIツールへの依存度が高いという語りが目立ったと論文は記述している。ただし相関関係であり、AIの利用が原因で批判的思考が低下したと断定する因果関係の証明ではない点には注意が必要だ。
似た文脈で、大学生の36%がAIコピペ経験──だが本当の数字はもっと高いでも学生のAI依存の実態を扱っている。あわせて読むと、教育現場での実態がより立体的に見える。
AIを信じるほど考えなくなる、自分を信じるほど考える
Microsoft ResearchのHao-Ping Lee氏らが2025年のCHI(ヒューマンコンピュータインタラクションの主要国際会議)で発表した論文は、319人の知識労働者を対象に、GenAIを使う際にいつ・なぜ批判的思考が発揮される(されない)かを調査したものだ。参加者からは仕事でGenAIを使った実例が936件集まっている。
論文の主要な発見は、「GenAIへの信頼度が高いほど批判的思考は少なく、自分自身の能力への信頼度(自己効力感)が高いほど批判的思考は多い」という相関だ。さらに、Microsoft Research公式サイトで公開されている論文PDFでは、「大幅に労力が減った」「労力が減った」と回答した割合が、知識獲得のタスクで72%、理解で79%、応用で69%、分析で72%、統合で76%、評価で55%だったと具体的な数字が示されている。
同じAIでも、使い方で結果が正反対になった実験
ここまでの3つの研究は、いずれも「AIを使うと(何らかの形で)思考力の指標が下がる」方向のデータだった。ここで重要なのが、Wharton大学のHamsa Bastani氏らが率いた研究チームによる、トルコの高校生およそ1,000人を対象にした数学のフィールド実験だ。
生徒たちは3グループに分けられた。1つ目はGPT Baseと呼ばれる、ChatGPT-4に似た通常のチャットインターフェースを使う群。2つ目はGPT Tutorと呼ばれる、教師の入力を反映しヒントだけを与えて答えを直接教えない、安全策付きのインターフェースを使う群。3つ目は教科書とノートだけを使う対照群だ。
AI利用中の練習セッションでは、GPT Base群は対照群より48%良い成績を出し、GPT Tutor群は127%良い成績を出した。ところがAIを使わない状態で試験を行うと、GPT Base群は対照群より17%悪い成績になった。一方GPT Tutor群は、試験でも対照群とほぼ同水準の成績を維持した。研究チームは、GPT Base群がAIに問題を解かせることに依存し、数学的な概念を深く学べていなかったためだと分析している。
Bastani氏は取材に対し「人間がこれらのツールを松葉杖として使い、それに依存し始めて学ばなければ、将来これらのツールを効果的に使うために必要な基礎的なスキルを築けなくなる」という趣旨のことを述べたと、Wharton大学の記事は伝えている。
AIは思考力を「奪う」のか、「同じ結果は出ない」のか
ここまでの4つの研究を並べると、単純に「AIを使うとバカになる」とは言い切れないことが見えてくる。MITの実験もGerlichの調査もMicrosoft Researchの調査も、「丸投げする使い方」において思考力の指標が下がる傾向を示している。一方でBastaniらの実験は、同じAIというツールでも、答えを直接与える使い方とヒントだけを与える使い方とで、試験結果が正反対になることを具体的な数値で示した。
この違いは、AIそのものの性質ではなく、AIとの関わり方の設計に由来すると各論文は解釈している。この構図はAIは正しい答えを出した後、反論されると59%撤回するで扱った、AIの応答特性に人間側がどう向き合うかという論点とも重なる部分がある。
正直に書く
MITメディアラボの論文自体が、この研究の限界として「4カ月間の実験であり、長期的な影響を理解するには縦断的研究が必要」と明記している。「AIを使うと永久に思考力が落ちる」という結論も、「長期的には問題ない」という結論も、現時点で6カ月を超える長期の縦断研究によって裏付けられたものではない。
また、動画の台本にあった以下の要素は、この記事を書く時点で一次資料に到達できず、本文には含めなかった。
- 「メタ認知的怠惰」という用語をFan et al.の研究に帰属させる記述(該当する論文を特定できなかった)
- Stanford 2026年のレビュー、Brookings、Lee et al.の検証プロセスに関する個別の推奨内容(引用元の論文・記事に到達できなかった)
- 電卓・GPS普及時の暗算力・空間認知力低下を示す具体的な数値(歴史的な傾向として広く語られているが、この記事のための再検証はできなかった)
AIを使うこと自体が思考力を下げるとは、ここで確認した研究群は言っていない。「答えを直接与えるAIに丸投げする」使い方と、「考えさせるAI(ヒント・質問だけを返す使い方)」とで、少なくとも1つの厳密な実験では結果が正反対になった。この違いをどう自分の使い方に反映するかは、読者それぞれの判断に委ねる。
出典・参照資料
- 一次資料Kosmyna et al. "Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task" (arXiv:2506.08872, MIT Media Lab) ↗
- 二次資料Gerlich, M. "AI Tools in Society: Impacts on Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking" (Societies, 2025)。原掲載URLはAkamaiのアクセス制限で直接確認できないため、Internet Archiveに保存された同一ページを出典として明記する ↗
- 一次資料Lee et al. "The Impact of Generative AI on Critical Thinking" (Microsoft Research, CHI 2025) ↗
- 二次資料"Without Guardrails, Generative AI Can Harm Education" — Knowledge at Wharton(Bastani et al.の研究解説) ↗
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