2026年9月5日 土曜日
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AIエージェント同士の『言い分の食い違い』をJSON+PDFの裁定書で解決する──Agentic Dispute Protocol(ADP)を読む

AIエージェントが起こすSLA違反や自動契約の不履行を、専門家判定・拘束力のある紛争解決・調停を組み合わせて自動処理する仕組みを提案するIETF個人ドラフト『ADP』を読んだ。証拠のチェーン・オブ・カストディや二重形式(JSON+PDF)の裁定書までを具体的に定義する一方、根拠として挙げられている『連邦紛争法(Federal Dispute Act)』という法律は、この記事で検索した限り実在を確認できなかった。

AIエージェント同士の『言い分の食い違い』をJSON+PDFの裁定書で解決する──Agentic Dispute Protocol(ADP)を読む
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AIエージェント同士がサービスレベル合意(SLA)を結んだり、自動化された契約を実行したりするようになると、「約束が守られなかった」という食い違いが起きた時にどう解決するかという問題が出てくる。IETF個人ドラフト「Agentic Dispute Protocol(ADP)」(著者Vivek Kotecha氏、Consulate, Inc.所属、2025年10月14日提出)の本文を確認すると、専門家判定・拘束力のある紛争解決(Binding Dispute)・調停・これらの組み合わせという複数の解決手段を、統一されたメッセージ形式と証拠標準の上で扱う、かなり作り込まれた仕様であることが分かる。

3行まとめ

  • ADPは、メッセージ形式・証拠提出標準・チェーン・オブ・カストディ(証拠の保管連鎖)・暗号学的証明要件を定義する、AIエージェント間の紛争解決フレームワークのドラフト。専門家判定(Expert Determination)・拘束力のある紛争解決(Binding Dispute)・調停(Mediation)・これらのハイブリッドという4つの解決方式を、法的枠組みには中立な形でサポートする
  • 紛争のライフサイクルを「申立(Filing)→応答(Response)→証拠開示(Discovery)→審理(Deliberation)→裁定(Award)」の5段階に分け、それぞれの段階でチェーン・オブ・カストディのイベントを記録する。裁定はJSONとPDFの両形式で発行される
  • IETF Datatrackerで確認したところ、このドラフトは「Expired Internet-Draft」「Expired & archived」(失効・アーカイブ済み)となっている。2025年10月14日提出のrev00のみで、失効予定日(2026年4月17日)を過ぎても改訂版は出ていない

4つの解決方式を法的枠組みには中立に扱う

ドラフトはこの設計方針をこう説明している。

ADP is a method-agnostic communication protocol that supports multiple legal frameworks for dispute resolution. The protocol defines how parties communicate (message formats, security, custody chain) but does NOT prescribe which legal framework must be used.

(ADPは、紛争解決のための複数の法的枠組みをサポートする、手法に中立な通信プロトコルである。このプロトコルは当事者間の通信方法(メッセージ形式・セキュリティ・保管連鎖)を定義するが、どの法的枠組みを使うべきかは規定しない(NOT))

具体的な解決方式として、SLA違反や性能に関する紛争向けの「専門家判定」(客観的な指標と事前定義済みの損害賠償算定式)、法的判断や主観的評価が必要な紛争向けの「拘束力のある紛争解決」、関係の維持を重視する「調停」、そしてこれらを組み合わせた「ハイブリッド」の4種類が定義されている。ドラフト本文(セクション5)の記述を整理すると、次のようになる。

解決方式 想定する紛争 特徴
Expert Determination(専門家判定) SLA違反・性能に関する紛争・技術的コンプライアンス問題 専門家が事実認定を行い、事前specified済みの算定式を適用する
Binding Dispute(拘束力のある紛争解決) 法的判断・主観的評価・複雑な損害賠償算定が必要な紛争 「Federal Dispute Actまたは同等の法律」のもとで強制執行される(この法律名の実在は後述の通り確認できていない)
Mediation(調停) 関係の維持が重要な紛争 中立な調停者が当事者間の合意形成を促す非拘束型
Hybrid(ハイブリッド) 上記の組み合わせが必要な紛争 例:技術問題は専門家判定→損害賠償はBinding Dispute、または調停を基本としBinding Disputeをフォールバックにする、など

いずれの方式を選んでも、暗号学的署名・チェーン・オブ・カストディ・JSON+PDFの二重形式裁定という同じセキュリティ機構の恩恵を受けられる設計だと本文は説明している。

5段階のライフサイクル——申立から裁定まで

紛争の流れは5つのフェーズに分けられている。

10.1. Filing Phase: Claimant submits DisputeFiling message [...] 10.5. Award Phase: Panel issues DisputeAward message in dual format (JSON + PDF) [...] Service delivers award to both parties [...] Parties have specified time to comply with remedy

(10.1 申立フェーズ:申立人がDisputeFilingメッセージを提出する。〔中略〕10.5 裁定フェーズ:パネルがJSON+PDFの二重形式でDisputeAwardメッセージを発行する。サービスは両当事者に裁定を届ける。当事者には救済措置に従うための指定された期間が与えられる)

各フェーズで記録されるチェーン・オブ・カストディのイベントまで含めて整理すると、次のようになる(ドラフト本文セクション10より)。

フェーズ 主な動き 記録される custody イベント
10.1 Filing(申立) 申立人がDisputeFilingを提出。サービスが署名検証しケースIDを発行、被申立人に通知 DISPUTE_FILED
10.2 Response(応答) 被申立人が期限内にDisputeResponseを提出。無応答の場合はデフォルト判定もあり得る RESPONSE_SUBMITTED
10.3 Discovery(証拠開示) 両当事者がEvidenceSubmissionを交換。サービスが証拠のハッシュを保存し完全性を検証 EVIDENCE_SUBMITTED(提出ごと)
10.4 Deliberation(審理) パネルが全提出物を精査し、必要なら追加証拠・説明を要求 DELIBERATION_STARTED / DELIBERATION_COMPLETED
10.5 Award(裁定) パネルがJSON+PDFの二重形式でDisputeAwardを発行し両当事者に配信 AWARD_ISSUED / AWARD_DELIVERED

なお応答フェーズの「無応答ならデフォルト判定もあり得る(service MAY issue default judgment)」という規定は、AIエージェント同士の紛争で片方のサービスが単に落ちている場合と、意図的に応答しない場合を、このプロトコル単体では区別できないことを意味する。

この記事で確認できたこと——根拠に挙げられた法律が見当たらない

ADPの「拘束力のある紛争解決」の説明には、次の一文がある。

Binding Dispute: Traditional dispute for disputes requiring legal judgment, subjective evaluation, or complex damages calculation. Enforced under the Federal Dispute Act or equivalent statutes.

(拘束力のある紛争解決:法的判断・主観的評価・複雑な損害賠償算定を必要とする紛争のための従来型の紛争解決。連邦紛争法(Federal Dispute Act)または同等の法律のもとで強制執行される)

この記事を書くにあたって「Federal Dispute Act」という名称の法律の実在を確認しようとしたが、見当たらなかった。米国で拘束力のある仲裁を規定する連邦法として実在するのは「Federal Arbitration Act(連邦仲裁法)」であり、名称が異なる。

一方で、ドラフト本文が挙げる他の法的根拠は実在を確認できた。たとえば「調停」の節(セクション5)は"the Singapore Convention on Mediation"に言及しており、これはUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)が公開している実在の条約「United Nations Convention on International Settlement Agreements Resulting from Mediation(New York, 2018)」の通称と一致する。技術的な参考文献セクションのRFC群(RFC 2119・7515・6749・7519に加え、要件レベルを補うRFC 8174、JSON構文を定めるRFC 8259、TLS 1.3を定めるRFC 8446、タイムスタンプ・プロトコルを定めるRFC 3161)も挙げられており、このうちRFC 2119をRFC Editorのサイトで直接確認すると、タイトル「Key words for use in RFCs to Indicate Requirement Levels」・発行年1997年3月ともにドラフトの引用と一致した。つまりこのドラフトは、参考文献全体が疑わしいわけではなく、「Federal Dispute Act」という一つの法律名だけが他の実在する法的根拠(Singapore Convention on Mediationなど)に紛れて登場している状態だ。読者が実際にこの仕様を法務の文脈で参照する前に、この一箇所は個別に裏取りすべき箇所として書き留めておく。

法律名の真偽そのものは特定できなかった

「Federal Dispute Act」が、単なる誤記・言い換えなのか、架空の法律名なのか、あるいは特定の州法や別法域の法律を指している可能性があるのかは、この記事では特定できなかった。この記事を書いている自分自身は米国法の実務知識を持たず、法律名の正誤について専門家としての判断はできない。ADPが依拠する紛争解決の実務(仲裁人資格・裁定の執行力など)についても、この記事ではドラフト本文以上の裏取りをしていない。日本語ではZenn・Qiitaともに、ADP単体を扱った記事は検索時点で見当たらなかった。

関連記事: AIエージェントとは

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