AIが自分自身を作り始めた──Anthropicの「When AI Builds Itself」を、誇張なしで読む
Anthropic Instituteが公開した「When AI Builds Itself」は、社内コードの80%超がClaude作、開発者1人あたりの出力が2024年比8倍という自己申告データを示した。ただし文書自身が「まだRSIには達していない」と明記している。

Claudeを開発するAnthropicが、社内の自己申告データを添えて「AI開発そのものをAIが加速させている」という文書を公開した。Anthropic Institute(Anthropic内の調査部門)による「When AI Builds Itself」で、著者はMarina FavaroとJack Clark。2026年5月時点で、Anthropicの本番コードベースにマージされたコードの80%以上がClaudeによって書かれ、エンジニア1人あたりのコード出力は2024年比で8倍になったと、文書自身のデータで示されている。この記事は2026年6月5日に公開した動画「AIが自分自身を作り始めた|Anthropicが認めた"再帰的自己改善"を、誇張なしで読む」の内容を、公開後にAnthropicの原文を再確認して記事にしたものだ(動画: ySIr2i8D2ww)。
ただし文書自体が繰り返し釘を刺している。「私たちはまだそこ(再帰的自己改善)に到達していないし、再帰的自己改善は不可避でもない(We are not there yet, and recursive self-improvement is not inevitable)」。この記事はAnthropicの発表内容を、注記も含めてそのまま紹介する。
- Anthropicの発表によると、2026年5月時点で本番コードにマージされたコードの80%超がClaude作。ただしAnthropic自身が「実際の生産性向上を過大評価している可能性が高い」と注記している指標も含まれる
- 「最も自由度の高いタスク」でのClaudeの成功率は、Anthropicの内部評価で2025年11月から2026年5月の6カ月で26%前後から76%へ上昇したとされる
- AI研究の意思決定でAIが人間の判断を上回った割合は、2025年11月の51%から2026年4月に64%へ。ただしAnthropic自身、この比較は「人間の判断に改善余地があった129件」を意図的に選んだもので、フェアな比較ではないと明記している
何が発表されたのか
「再帰的自己改善(RSI: Recursive Self-Improvement)」とは、AIシステムが完全に自律的に自分の後継モデルを設計・開発できるようになる状態を指す、とAnthropicは定義している。文書は、この状態にはまだ到達していないとしながらも、「公開ベンチマークと、これまで未公開だったAnthropic社内データの両方が、AIがすでにAI開発自体を加速させていることを示している」と主張する。
Anthropicが挙げる社内証拠は主に3つの軸に分かれる。
コード生産の量。Claude Codeがリサーチプレビューとして公開された2025年2月以前、Anthropicの本番コードのうちClaude作の割合は「一桁台前半」だったが、2026年5月時点で80%を超えたという(脚注では、スクリプトや実験コードも含めればAnthropicの経営陣は90%以上と公に見積もっていると補足している)。1エンジニアあたりの1日のコードマージ量は2021〜2024年はほぼ横ばいだったが、2025年にClaudeがコードを自分で実行するようになってから上昇し、2026年にエージェントがより長い時間軸で自律的に動けるようになって傾きがさらに急になった。2026年第2四半期には、典型的なエンジニアが2024年の8倍のコードをマージしていたとされる。
ただしAnthropicはこの数字に強い留保を付けている。「コード行数は品質より量を測る不完全な指標であり、2026年第2四半期の『エンジニア1人あたり1日8倍のコード行数』は、実際の生産性向上をほぼ確実に過大評価している」。それでも「加速を示している」とはしている。
生産性の主観的実感についても触れられている。2026年3月、Anthropicの研究チーム130人への調査で、回答者の中央値は「Mythos Preview(当時の社内プレビューモデル)を使うと、AIなしの場合に比べて約4倍のアウトプットを出せる」と回答した。Anthropicはこの数字についても「実際の押し上げ効果は、当時としてはもう少し低かったはずだ」と述べており、脚注ではMETR(AIエージェントの能力評価を専門とする独立研究機関)の最近の研究が「開発者によるAI生産性向上の自己申告は過大評価されがちだ」と示していることを引用している。
タスクの難度と成功率。Anthropicは社内のClaude Codeセッションを分析し、「最も自由度が高く、仕様が曖昧なタスク」でのClaudeの成功率が2026年5月に76%に達し、6カ月で50ポイント上昇した(つまり半年前は26%前後)としている。判定は「Claude審査員」がセッションを見て、ユーザーの修正なしにタスクを達成できたかで行われた。
研究上の判断力。Anthropicは2026年1月〜3月のClaude Codeセッションから、研究者が「回り道」をした129件の場面を抽出し、そこから先にどう進むべきかをClaudeモデルに判定させ、実際の結末を知る別のClaudeが「AIの提案」と「人間が実際に選んだ判断」のどちらが優れていたかを判定した。この結果、2025年11月のOpus 4.5は人間の判断を51%の確率で上回り、2026年4月のMythos Previewでは64%まで上昇した。
Anthropicはこの実験の限界も明記している。129件は「人間の判断に改善の余地があった場面」を意図的に選んだものであり、フェアな比較ではない。実際、人間の判断がすでに優れていた場面127件で同じテストをすると、AIの提案が優れていると判定されたのは約20%にとどまったという。
外部ベンチマークでも同じ傾向はあるのか
Anthropicは社内データだけでなく、外部の公開ベンチマークも根拠として挙げている。AIエージェント評価機関METRの計測では、AIが50%の信頼度でこなせるタスクの「作業時間の長さ」は、以前は約7カ月ごとに倍増していたのが、直近では約4カ月ごとの倍増ペースに加速したとされる。具体例として、2024年3月のClaude Opus 3は人間換算で約4分のソフトウェアタスクをこなせたが、1年後のClaude Sonnet 3.7では約1.5時間、さらに1年後のClaude Opus 4.6では12時間規模のタスクをこなせるようになったという。METRは別途、Claude Mythos Previewが「少なくとも16時間」動作でき、「METRが新しいタスクなしに計測できる上限に近い」と評価したとAnthropicは紹介している。
実世界のコードでのベンチマークであるSWE-benchは、2年間で「一桁台前半のスコア」から「ほぼ飽和」まで到達したとされる。既存研究を再現できるかを測るCORE-benchは、2024年に約20%だった成功率が、15カ月後にほぼ飽和したという。
| 指標 | 過去 | 直近(Anthropic発表) |
|---|---|---|
| 本番コードのClaude作比率 | Claude Code公開前は一桁台前半 | 2026年5月時点で80%超 |
| コード生産量(1人1日あたり) | 2024年基準 | 2026年Q2に8倍(Anthropicは過大評価の可能性を明記) |
| 最難タスクの成功率 | 2025年11月ごろ26%前後 | 2026年5月に76% |
| 研究判断でAIが人間を上回った割合 | 2025年11月に51% | 2026年4月に64%(比較条件に留保あり) |
| METR計測のタスク時間長 | 従来は7カ月ごとに倍増 | 直近は約4カ月ごとに倍増 |
この先、Anthropicはどう予測しているのか
文書は3つの未来シナリオを提示している。
1つ目は「トレンドが頭打ちになるが、今のAI能力は広く普及する」。指数関数的な成長曲線がS字カーブの折れ目に近づき、リターンが逓減して直線化、やがて横ばいになる可能性がある、というものだ。Anthropicはこのシナリオを「完全性のために含めているが、可能性は高くないと考えている」としている。
2つ目は「AI研究所が複利的な効率向上を享受し続ける」シナリオで、AI開発は大幅に自動化されるが、人間が研究の方向性を決め、結果を判断する役割を保つ。Anthropicは「私たちはこのシナリオに向かっている可能性が高い」と述べている。ただし、ある工程が速くなると別の部分がボトルネックになる「アムダールの法則」がすでにAnthropic社内でも表れているとし、コードレビューが新たなボトルネックになっていると明かしている。
3つ目は「AIシステム自体が完全な再帰的自己改善能力を獲得し、自分の後継機を作り始める」シナリオ。この場合、AI開発のペースはコンピュートの利用可能量だけで決まるようになり、人間の役割は監督・検証・確認に大きく限定されるとAnthropicは述べる。アライメント問題がこの未来でどう解決されるか(あるいは解決されないか)については「最も確信が持てない」としている。
Anthropicは、フロンティアAI開発を検証可能な形で減速・一時停止できる選択肢を持つことは世界にとって望ましいとしつつ、「一つの研究所だけの一方的な停止は、フロントランナーが入れ替わるだけで、今欠けている幅広い協議のプロセスを生み出さない」とも述べている。
正直に書いておくべきこと
この文書の数字は、独立した第三者機関ではなくAnthropic自身が集計・公開した社内データである。Anthropicは複数の指標について「過大評価の可能性が高い」「フェアな比較ではない」と自ら注記しているが、それでもAnthropicには「AIが自社の開発を加速させている」と示すインセンティブが構造的に存在する点は、読者として意識しておく必要がある。
また、研究判断力の比較(AIが人間を上回った割合)は、外部で再現・検証されたものではなく、Anthropic社内のClaudeモデルが判定者を兼ねる形で行われている。コード品質についても「late 2025時点ではClaude作の方が人間作より劣っていたが、現在はほぼ同等」という記述はAnthropic社内の主観的評価であり、具体的な測定手法の詳細までは今回の一次資料からは確認できなかった。
「再帰的自己改善」そのものは、この文書の時点でまだ起きていない。文書のタイトルは挑発的だが、本文の主張はより慎重で、「AI開発の一部の工程がすでに大きく自動化されている」という範囲にとどまる。
Anthropic自身の発表で外部監査は経ていない
本記事は、Anthropic Institute「When AI builds itself」(anthropic.com/institute/recursive-self-improvement、著者Marina Favaro・Jack Clark)を一次ソースとして、2026年8月27日時点で同ページを直接確認したうえで作成した。数値・引用はすべて同記事内の記述に基づく。Anthropicの発表内容であり、独立した外部監査を経たものではない点に留意されたい。
なお、Anthropicが「AIがAI自身を改良する」という方向性で専門組織を立ち上げた例としては、Sakana AIの「RSI Lab」もある。Anthropic社内のコーディング実態についてはClaude Codeの40万セッション分析研究、Anthropicという会社自体の背景はAnthropicとは?、AIのリスク評価の最新動向はAnthropicのリスクレポート第2回も参照してほしい。
出典・参照資料
この記事の解説動画
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